コンクリート構造の耐用年数は50年といわれます。日本のインフラ施設は1960~70年代の高度経済成長期、特に1964年の東京オリンピックの時期に爆発的に建設が進みました。建設時期が集中しているということは、老朽化する時期も集中するということ。つまり、その頃の施設は、建設されてからすでに50年を過ぎたことになります。現代は、大量のインフラ施設をメンテナンスしなければならない局面にあります。今、社会インフラ施設はどのような状況なのか、どんな取り組みが行われているのか俯瞰してみましょう。
実際主なインフラ施設は建設後どのくらい経っているのでしょうか。国土交通省のまとめによると、2020年3月時点で、建設後50年以上経過している割合は、道路橋が3割、トンネル、港湾施設がそれぞれ2割強。2030年になると、道路橋は5割、トンネルは3割、港湾施設は4割を超えます。あと数年でこれだけの施設の改修を行わなければならないのです。
出典:国土交通省「国土交通省におけるインフラメンテナンスの取組」より作図
これらの改修を行うのは施設の管理者ですが、圧倒的に量の多い道路橋と下水道は半数以上が市町村の管理であり、その自治体予算で工事を行います。しかし、市町村の土木費は1993年度の約11.5兆円をピークに減少傾向にあり、2011年度には約半分(約6兆円)まで縮小しました。また、2005年度から2021年度にかけて、市町村全体の職員数は約9%減りましたが、そのうち土木部門の職員数は約14%減と、相対的に土木技術系職員が不足しています。必要なメンテナンスが増える一方で、予算と人員が少なくなっているわけです。
施設に不具合が生じてから対策を行う「事後保全」ではなく、不具合が生じる前に対策を行う「予防保全」へ切り換えることが、維持管理・更新費の縮減に大きな効果をもたらします。2018年の国交省試算によると、2018年度から2048年度の30年間で、維持管理・更新費の累計は、すべて事後保全であった場合には約280兆円ですが、すべて予防保全を行った場合には約190兆円となり、コストを3割程度削減できるとの予測が立てられました。
ただ即刻すべての対策を予防保全へ切り換えられるわけではなく、早期あるいは緊急に措置を講じなければ支障を来す施設も存在し、そちらの対応を優先しなければなりません。例えば地方公共団体の道路橋の工事を例にとると、早期・緊急に対応しなければならない施設の割合は約8%。老朽化対策は着実に進捗しており、これは年々減らすことができますが、すべてなくすには約20年かかると試算されています。
旧来多くの地方自治体では、地区や業務ごとに分離発注が行われてきましたが、これらを包括して発注することで、発注業務の合理化を図ることができます。一括発注の受注者は、複数社で構成する共同企業体(JV)や事業協同組合などとして、リスクヘッジを図ります。また、発注者にとっては、入札参加者を継続的に確保できること、受注者にとっては複数年契約ができれば、新たな設備投資をしやすくなるなどのメリットもあります。
一方で、小規模な施設の場合は、地方自治体の都市・土木部門が直営で点検・診断を行ったり、軽微な補修工事を行っている例もあります。人員が確保されている場合は、新しいデジタル技術の活用と合わせてスキルを蓄積することで、予算規模を下げながら、きめ細かな管理を遂行することができるのです。
出典:国土交通省「国土交通省におけるインフラメンテナンスの取組」より作図
メンテナンス業務そのものを新技術、特にデジタル技術で合理化することも急務とされています。デジタル技術の適用が効果を生む分野は特に、点検・診断業務。ドローンを使った高所点検、AIによる画像解析、業務オペレーションを合理化するタブレットの使用、またはセンサーや各種ロボットの支援などです。それらを活用すると、点検作業の省力化、業務の簡素化ができ、旧来のような重機を使った点検施設構築が不要になるなど、大きな改革につながっていきます。
このように有効性が認められ、活用が推奨されているデジタル技術は、どの程度導入が進んでいるのでしょうか。2021年に国交省が行った調査によると、インフラ施設管理者別では、国と都道府県と政令都市では99%と高いのに対して、その他の市区町村では38%にとどまっていました。大都市圏と地方中小都市間の、デジタル技術に対する情報格差が露見しました。国交省では、維持管理業務に新技術を導入する際に工夫や留意すべきポイントを整理し、新技術の導入を加速させ、広範な展開を促進することを目的に、2021年3月に新技術導入のガイドブックを作成しました。市町村の職員を対象として、新技術導入プロセスや事例集がまとめられています。
近年のインフラ施設老朽化問題が注目を集め、解決のための大きな議論が始まったのは、2012年12月の中央自動車道笹子トンネルの天井板崩落事故がきっかけでした。国交省では2013年を「社会資本メンテナンス元年」と位置づけ、以後、橋梁、トンネルなどインフラ施設の点検が集中的に開始されました。道路施設は2018年度で1巡目の点検が終了、2019年には2巡目に入っています。

出典:国土交通省「国土交通省におけるインフラメンテナンスの取組」より作図
そこで市町村が6割以上を占める道路管理事業では、全国の道路管理者ごとに異なる仕様で膨大な点検・診断のデータが蓄積されています。しかし、インフラ施設の維持管理を効率化するには、各管理者がそれぞれ保有している管理情報を全国で連携していく必要があります。そこで国交省では、2021年から全国の道路施設点検データを蓄積するデータベースの整備に着手しています。この整備事業において課題となっているのが、データベースを構築し一元処理解析が可能な環境を構築すること、可能な限り公開して、各研究機関や民間企業などによるAI技術などを活用した技術開発を促進することとされています。
冒頭で述べたとおり、日本におけるインフラ施設の多くは高度経済成長期に生み出され、そのメンテナンスは現代に宿命づけられた負担となっています。経済停滞期の今、いかに効率的、効果的にメンテナンスを進めてゆくかが課題であり、これは国民全員で取り組むべきものといえるでしょう。そこで国交省は産官学民が主体となった「インフラメンテナンス国民会議」を2016年に設立。さまざまな主体が参画し、技術や知恵を総動員するプラットフォームが構成されました。多様な産業の技術や民間のノウハウを活用したり、メンテナンス産業の生産性を向上させたり、メンテナンス産業を育成、拡大することで、持続的・効率的なインフラメンテナンスの実現を図ります。つまり、民間と施設管理者である地方自治体の有効なマッチングを目指しているのです。設立時の参加会員数は199者、2022年時には2,709者で約14倍に増加しています。
この会議体の下に、2022年「インフラメンテナンス市区町村長会議」も発足。保守管理の主体である地方自治体の首長が集まり、予防保全への本格転換や新技術の活用などを促進させようとしています。また、国民会議設立の2016年より「インフラメンテナンス大賞」も設置され、日本国内のインフラのメンテナンスにかかわる優れた取り組みや技術開発を表彰し、ベストプラクティスとして広く紹介しています。
さらに国民が一体となって問題に取り組むために、地域の管理を一自治体にすべて負わせるのではなく、複数、広域、他分野のインフラを群として捉え、総合的かつ多角的な視点から戦略的に地域のインフラをマネジメントする動きも始まりました。「地域インフラ群再生戦略マネジメント」です。それによって、管理主体は地方公共団体であるものの、国や都道府県、連携市区町村が一堂に会し、検討を進める会議体が設置されてゆきます。
私たちの生活の基盤となる道路橋・トンネル・ダム・港湾施設などの日本のインフラ施設は老朽化が深刻化していますが、その対策は多角的にさまざまな形で進められています。
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001584616.pdf
- * この記事の内容は2024年8月公開時点の情報のため、最新の情報と異なる場合があります。