このウェブサイトはクッキーを使用しています。このサイトを使用することにより、プライバシーポリシーに同意したことになります。

日本
FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー

アスピリンから多様な循環型プラスチックを合成

今回は、信州大学大学院 総合医理工学研究科 高坂研究室の風間 茜(かざま あかね)さんにお願いしました。

高坂研究室では、ポリアクリレートを様々に機能化した高分子材料から魅力ある特性を引き出す研究を主軸テーマとしています。風間さんは2019年のスポットライトリサーチに出演頂いており、今回は二度目の登場となります。本プレスリリースの研究成果も2019 年に報告した技術を発展させたもので,アスピリンからポリエステルを合成することに成功したほか,これらのプラスチックの高速分解を実現し,高効率での資源再生を達成しました。

この研究成果は、「Polymer Chemistry」誌に掲載され、プレスリリースにも成果の概要が公開されています。

研究室を主宰している髙坂泰弘 准教授より風間さんについてコメントを頂戴いたしました!

ケムステ初登場時は初々しかった風間さんも,気付けば立派な博士課程3年生.研究室3期生として配属された彼女は,まだ誰も挑戦していないテーマ・・・実は先輩が泥船だと忌避してきたテーマ・・・を迷わず選択.1ヶ月でポリマーができ,最初のギャンブルで大当たりすると,あちこちで表彰されて気付けば7冠王.そんな風間さんですが,裏では大きな壁にぶち当たっていました.第2段階として始めたカチオン重合は,考えなければならない要素が多く,その実験は研究室でも屈指の面倒な操作で,神経がすり減る毎日です.最適解を探そうとして,実は初手が最適解だったという残酷な現実を受け入れるまで・・・査読者に納得して頂けるまで(?)・・・そんな実験を何度も繰り返す必要がありました.やっと見えたチェックポイント,おめでとう!よくぞここまで,忍耐しました!!残念ながら(?),研究はまだ終わりません.学位取得まであと少し,頑張って下さい.

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

頭痛薬の主成分であるアセチルサリチル酸を原料として,多様な主鎖構造を持つ分解性ポリマーを合成しました.

私たちは2019年に,アセチルサリチル酸(アスピリン)から誘導されるビニルモノマー,脱水アスピリンのラジカル重合と,生成するビニルポリマーの酸分解を報告しています.今回の論文では,脱水アスピリンと種々のビニルモノマーのラジカル共重合を行い,脱水アスピリンの重合反応性を表すパラメーター(Qe)を評価しました.e値から脱水アスピリンがカチオン重合することが予測されたため,実際に検討を行いました.その結果,アルミニウム系Lewis酸共存下のカチオン重合では,単純なビニル重合に加えて,カルボカチオンの転位を経た開環重合が進行することがわかりました.さらに.−20 °C以下では開環重合のみが選択的に進行し,ポリエステルが生成しました.得られたビニルポリマーやポリエステルは,強塩基によって速やかにサリチル酸と酢酸に分解します.すなわち,ビニル重合と開環重合の2つの重合様式により,1種類のモノマーから,ケミカルリサイクルが可能な複数のポリマーを誘導できます.この戦略は,効率的な資源循環を実現する上で有効と考えています.

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

モノマーの反応性を定量評価する実験は,特に思い入れがあります.実験方法は教科書にも載っていますが,その経験者は高坂先生を含めて周りにいなかったので,自分で勉強して実験に着手しました.

特に大変だったのが,事前準備でした.この実験では,モノマー仕込み比を変化させた複数の重合反応を,モノマー転化率が5~10%の段階で停止させなければなりません.そのためには,事前に「この仕込み比では,〇○分で既定のモノマー転化率になる」ことを調べておく必要があり,実際にデータとして報告している以上の実験が必要でした.このような苦労がありながら作成したプロットが直線に乗ったときは,とても感動しました!理論と実験がつながったと同時に,未知のモノマーの性質を自らの手で明らかにしたという達成感はひとしおでした.

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

特に難しかった点は,開環重合のメカニズムに関する考察でした.実は最初に着手したのが,開環重合を誘起するアルミニウム系Lewis酸を用いたカチオン重合でした.その後,他のLewis酸を試した結果,そもそも重合が進行しなかったり,ビニル重合のみが進行したりで,結局,アルミニウム系のみが開環重合を導くことがわかりました.Lewis酸によって重合様式が変化する理由を理解するために,様々な追加実験を行うとともに,カルボカチオン転位前後の安定性を密度汎関数計算で予測し,さらに類似の現象と比較するために論文を読み漁りました.そして,高坂先生と議論を重ねることで,納得のいく結論を導くことができたと考えます.

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私は4月から化学メーカーに就職するため,アカデミアとは違う立場で化学に関わることになります.そこでの業務はこれまでの研究課題とは変わってきますし,学術研究とは違った考え方や方法で研究が進んでいくことでしょう.私は,そのような変化も楽しみつつ,博士課程の中で培った経験や能力を活かし,化学を通じて社会貢献をしていきたいと思っています.

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

まず,ここまで読んでいただき,ありがとうございます!

今回の研究は,「カチオン重合がしてみたい!」という私の思いから始まったものでした.きっかけは「やってみたい!面白そう!かっこいい!」という安直な考えでしたが,多くの実験や考察により研究テーマに昇華し,学問的に意味のある結果につなぐことができました.

この経験や博士生活を通じて思うことは,研究のきっかけは単純でよいということです.大切なのは,出てきた結果を「これは面白いぞ!」と捉えられる審美眼と,自分がやっていて楽しい方向に自ら舵をとれる学力と行動力だと感じます(あと,結果の魅せ方も大切ですね).

「理想の研究者像に近づけるよう,自分に必要なスキルを磨き,互いに尊敬しあえる仲間と切磋琢磨し,時には大いに遊び,研究室生活を楽しんでください!」というのが,私から学生の皆さんへのメッセージです!

最後に,ご指導いただいた高坂先生をはじめ,研究室のメンバー,学内・学外でお世話になった先生・学生の皆様,支えてくれた家族,そしてこのような研究紹介の場を提供してくださったケムステスタッフの皆様に,この場を借りて心より感謝申し上げます.