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FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー

従来のペプチド合成法に替わるクリーンなペプチド合成法の確立を目指して―有機電解反応を利用したペプチド合成法の開発―

今回のインタビューは、東京農工大学連合農学研究科 (生物有機化学研究室)・永原紳吾 さんにお願いしました。

ペプチドは中分子医薬品候補の一つとして期待されていますが、従来アミノ酸からペプチドを合成する際に大量の廃棄物が発生するという問題がありました。今回紹介いただける内容は、ペプチド合成の際に生じる縮合剤由来の廃棄物の削減が可能であることを示し、さらに乳がんや膀胱がんの治療薬として用いられるリュープロレリンの合成にも成功したという成果です。Chemical Science誌 原著論文およびプレスリリースに公開され、またFront Coverとしても採用されています。

“Biphasic electrochemical peptide synthesis”
Nagahara, S.; Okada, Y.; Kitano, Y.; Chiba, K. Biphasic Electrochemical Peptide Synthesis. Chem. Sci. 202112, 12911–12917. doi:10.1039/d1sc03023j

研究を指揮されました千葉一裕 先生から、永原さんについて以下のコメントを頂いています。

研究室では電解反応については30年近く前から、そして液相ペプチド合成については20年ほど前から手がけていいます。永原君は卒論生として研究室に入った後、電解反応や光化学反応に興味をもち、博士課程進学後には従前のペプチド合成における試薬や溶媒の大量消費の問題を解決するために、電解法を応用する新しい反応系の探索を進めてきました。一生懸命努力した結果、今回のように従前の縮合剤は使用せず、また反応毎のペプチドの分離操作も最小限で合成する方法を見いだすことができました。永原君にとってもとても大きな研究成果に繋がったことを嬉しく思っています。

それでは今回のインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

有機電解反応を利用したペプチド合成法を開発し、トリフェニルホスフィン(Ph3P)がリサイクル可能な縮合剤となりうることを示しました(図1)。

分子量が500~2000程度の化合物は中分子と定義され、低分子医薬品の大量合成ができるという利点と、抗体医薬品の標的特異性が高く、副作用は小さいという利点を併せ持つ医薬品となることが期待されています。その代表候補の一つとしてペプチドが挙げられますが、従来のペプチド合成法では大量の廃棄物が生じることが問題となっており、その一因として縮合剤の使用が挙げられます。縮合剤は、効率的なペプチド結合形成反応を可能とする一方、生成する副生成物は回収や再生が難しく、アミノ酸を伸長するごとに廃棄物として蓄積していくのが現状です。

この問題に対し、私たちはPh3Pを陽極酸化することで生じる活性種を縮合剤として利用するペプチド合成法の開発に取り組みました。本反応では、トリフェニルホスフィンオキシド(Ph3PO)が副生成物として生じますが、Ph3Pへの還元法が数多く報告されていることから、適用範囲の広い電解ペプチド合成法とPh3POの回収法を確立することができれば、Ph3Pがリサイクル可能な縮合剤であることを示し、廃棄物削減の可能性を主張できると考えました。また、当研究室で見出された可溶性疎水性タグ(長鎖アルコキシ基を有するベンジルアルコール)をカルボン酸の保護基とすることで、濾過操作のみでペプチドを回収できるようにし、精製操作の簡便化を図りました。このような戦略の下で検討を進めた結果、生体内のペプチドを構成するアミノ酸基本20種すべてに適用可能なペプチド合成法の開発と、支持電解質およびPh3POを高純度、高収率で回収することに成功しました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫した点は、可溶性疎水性タグをカルボン酸の保護基とした点です。これにより、ペプチドはMeCN中で晶析しますが、Ph3POは溶解したままなので、濾過操作のみでペプチドとPh3POの分離が可能となり、精製時の厄介者となりがちなPh3POの高い結晶性は、回収のしやすさとして生かすことができました(図2)。

思い入れのあるところは、電解合成法が20種のアミノ酸すべてに適用できることが確かめられた瞬間や、リュープロレリン(図3)の合成に成功したことをHPLCで確認した瞬間など、本研究において重要な成果が挙げられた瞬間です。また、本成果は当研究室で取り組んできた液相ペプチド合成法や有機電解反応の開発から得た知見や技術を集積して得られたもので、研究室の一つの集大成といえる研究に携わることができたことにも喜びを感じています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

苦労したのは、リュープロレリン合成と論文執筆です。

リュープロレリン合成では、電解ペプチド結合形成反応を全部で8回行いました。本研究では、一回の通電で反応を完結させることにこだわったので、伸長段階が進むにつれてTLCで反応の進行度を確認するときの緊張感は増していきました。5回目(セリン)の縮合で原料が残り、振出しに戻った時は非常に落ち込みましたが、半分までうまく反応が進んだことをポジティブにとらえ、条件検討をやり直し、次のトライで最後まで到達することができました。最後の電解反応後、TLCで原料が消失したのを確認できた時の感慨深さは忘れられません。

論文については、ペプチド合成の部分は高い評価をしてもらえたものの、Ph3Pがリサイクル可能な縮合剤となりうるという部分をうまく表現できず、査読結果は2回連続でmajor revisionでした。幸いなことに、2回目の査読コメントで説明不十分なところを丁寧に指摘してもらい、それを基に書き直しを繰り返したことでaccept通知をもらうことができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

まずは博士課程の残された時間を大切にし、電子移動反応やペプチド合成に関して新たな成果を生み出していきたいです。また、自分が過去の知見から発想を得たように、研究室に将来の研究につながる財産を残せたらと思っています。より先の将来については、これまでに得た知識や経験を基礎に、長く研究開発に携わりつつ、周りの人に化学の楽しさを伝えていけたらと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回の研究を通して、周りの人と会話する時間を作ることの重要性を改めて感じました。本研究は、千葉先生と先輩と私の三人で話をしているときに知識を出し合った結果生まれたもので、私の持っていた知識はまた別の先輩と話をしたときに得たものでした。このようなつながりがなければ、本成果は生まれなかったかもしれません。目の前の実験に取り組むことが何よりも大切ですが、新たな着想を得るためには一旦手を止めて知識を共有するのも重要なことなんだなと感じました。

最後になりましたが、このような機会をくださったケムステスタッフの皆様、研究生活でご指導ご助言を頂いた千葉先生、北野先生、岡田先生に深く感謝申し上げます。