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FUJIFILM Finechemical News
研究者へのインタビュー

細胞が分子の3Dプリンターに?!
――空気に触れるとファイバーとなるタンパク質を細胞内で合成――

今回は、東京工業大学生命理工学院生命理工学系・安部聡 助教 にお願いしました。

安部さんの所属する上野研究室では、生物無機化学と生体超分子化学を組み合わせた新しいタンパク質機能化法を開発しています。特に自己集積型・結晶性タンパク質を活用する極めてユニークな展開が持ち味です。今回の研究はその一環であり、結晶性タンパク質を細胞に作らせて、繊維状に並べて架橋させる手法で、新たな生体材料の創出コンセプトを提案しています。「細胞を分子の3Dプリンターに」というキャッチーな表現で語りうる、とても面白い成果です。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Design of an In-Cell Protein Crystal for the Environmentally Responsive Construction of a Supramolecular Filament”
Abe, S.; Pham, T. T.; Negishi, H.; Yamashita, K.; Hirata, K.; Ueno, T. Angew. Chem. Int. Ed. 202160, 12341. DOI:10.1002/anie.202102039

研究室を主宰されている上野隆史 教授から、安部さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

安部助教は、一貫してタンパク質集合体の構造に立脚した新規機能開拓を進めてきました。グループリーダーとしてもメンバーからの信頼も厚く、0から1を生み出すスタイルでじっくりと腰を据えて研究を進めています。現在開発している技術で世界が驚くような成果を期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

細胞内で生じるタンパク質結晶化現象に着目し、細胞を分子レベルの3Dプリンターとして利用することによって、目的のタンパク質3次元構造を自動的に合成する手法を開発しました。
具体的には、昆虫細胞内で発現するカテプシンタンパク質が細胞内で結晶を形成する際に、結晶内でタンパク質が一列に並ぶことに着目しました。タンパク質同士が接触する部位に存在するアミノ酸残基をシステインに置換し、細胞から取り出すと同時に分子間で隣り合うシステイン同士が空気中の酸素との反応によって自動的にジスルフィド結合を形成することを見出しました(図1)。その結果、結晶を溶解することによって望みのファイバー構造を取り出すことに成功しました(図2)。この手法は、単一の細胞内で完結できるだけでなく、タンパク質精製などの煩雑な操作が不要となります。特定のDNAを読み込んだ細胞が3Dプリンターとして働き、ナノサイズの分子機械や機能材料を自動的に作り出すことが可能となります。新たな機能分子合成技術として、様々な細胞内タンパク質結晶の集積構造を利用したドラッグデリバリーやワクチンへの応用も期待されます。

図1.
カテプシン結晶内のファイバー構造とシステインを置換した変異体構造
図2.
2束ファイバーの透過型電子顕微鏡図と結晶構造の比較

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究は、当研究室を卒業した根岸博士(以後、根岸君)が博士課程在籍時に取り組み、その後Thuc Toan Pham君が引き継いだ研究です。根岸君は、タンパク質の結晶が精密な集積構造体で形成されていることに着目して、結晶内で隣接するタンパク質を架橋化すれば、結晶を溶解することでタンパク質の超分子構造体を構築できることを示しました。次にターゲットとしたタンパク質は、細胞内で結晶化するタンパク質で、酸化剤などを必要とせずに、細胞内で形成した結晶を精製するだけで、結晶内で集合体を構築できることを見出しました。論文にするまでに、Pham君が集合体の電子顕微鏡観察や解析など丁寧な実験を行なってくれました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

結晶内で分子間でのジスルフィド結合を形成することは研究の早い段階で分かったのですが、そのジスルフィド結合がいつ形成されるのかが分かっていませんでした。細胞内でのタンパク質結晶の構造解析は非常に難しいのですが、SPring-8でのマイクロビームでの測定と詳細な構造解析により、細胞内ではジスルフィド結合を形成しておらず、精製して空気酸化によりジイスルフィド結合が形成されることが明らかとなりました。
さらに、結晶を溶解して合成した集積構造体の詳細な同定が困難でした。Pham君が、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡観察など、論文に掲載していない変異体や観察実験を数多く行なってくれました。Pham君の頑張りによって、予想していた集積構造とは異なり、2束の集積構造体になっていることを明らかにしました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

現在の私の研究は、「細胞内で合成されるタンパク質結晶を用いた機能化材料の創製」という、化学の材料としてはこれまでほとんど用いられてこなかった細胞内タンパク質結晶を用いています。しかし、生体内には、化学合成では合成困難な化学的に非常に魅力的なタンパク質材料が多く存在します。これらのタンパク質材料を化学の視点で捉えることにより、従来の機能を凌駕したり、天然にはない、新しい機能を創出するタンパク質材料を創製していきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究は、世界で誰も知らないことを自分が最初に経験できることが一つの醍醐味だと思います。面白い結果がでた時、学生さんは、我々教員が知る前に一番早くその感動を味わうことができます。研究は、うまくいかないことも多くありますが、測定結果を待つときはドキドキしたり、面白い結果がでたときは、興奮したりもします。ぜひとも学生さんには、このような体験を多くしてもらいたいと思います。私もまだまだ実験をしていますので、現場で感動できるような研究をしていきたいです。
最後に我々の研究成果をChem-Stationで取り上げていただき、ありがとうございます。