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FUJIFILM Finechemical News
化学者へのインタビュー

自己修復性高分子研究を異種架橋高分子の革新的接着に展開

今回は、東京工業大学 大学院物質理工学院・鶴岡あゆ子さんにお願いしました。

鶴岡さんの所属する大塚研究室では、可逆性のある「動的共有結合」に着目した高分子化学を展開されています。今回の成果はその特異な性質を高分子材料の接着・融合に活用したものです。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文・プレスリリースとして公開されています。

“Fusion of Different Crosslinked Polymers Based on Dynamic Disulfide Exchange”
Tsuruoka, A.;  Takahashi, A.; Aoki, D.;  Otsuka, H. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 4294. doi:10.1002/anie.201913430

研究室を主宰されている大塚英幸 教授から、鶴岡さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

鶴岡さんは、緻密に物事を考えて着実に実験を進める能力、さらには自分で深く考えて議論ができる能力を併せ持つ優秀な学生で、自分の殻に閉じこもることなく、貪欲に幅広い知識を吸収し、情熱的に周囲を巻き込みながら研究を展開して今回の素晴らしい成果に繋げてくれました。誰にも負けない研究への情熱と諦めずに頑張った努力が結実したのではないかと思います。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

可逆的に交換可能な動的共有結合を利用して、異種(例えばAとB)の架橋高分子を融合する新規手法を開発しました。三次元網目構造を有する架橋高分子は、溶解性や溶融性を示さないため、再加工やリサイクルが困難であり、異種の架橋高分子同士を分子レベルで接着(融合)させるには大きなブレイクスルーが必要でした。動的共有結合を導入した架橋高分子は、可逆的に組み変わる結合交換反応によって自己修復することができます。今回の論文では、この自己修復の現象が、同一骨格を有する架橋高分子同士の融合現象(AとA同士の融合)であることに着目し、異種の架橋高分子間の融合(AとBの融合)にこの反応を展開しました。具体的には、ジスルフィド系の動的共有結合を導入した2種類の架橋高分子を粉末状にして混合・加熱するだけの簡便な操作により、異種架橋高分子を分子レベルで接着させ、単一の原料とは異なる物性を示す新たな架橋高分子材料を作製できることを実証しました。

図1 架橋高分子の融合(模式図)と粉末状の架橋高分子を用いた加熱前後のサンプル外観の変化

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫した点は、粉砕粉末を使用して力学物性制御を達成した点です。一般的な接着や自己修復試験を参考に架橋フィルムを用いて検討を始めた当初は、現象の進行の有無も分からず、対照実験との差が明確に見られないなど、有意なデータが出ずに苦しみました。その後、再成形試験を参考に粉砕粉末を用いることで融合界面の割合が増え、さまざまな情報を得ることができるようになりました。二種類の架橋体粉末の比率によって力学物性が系統的に変化したデータが初めて取れた時には、かなり安堵したのを覚えています。また、苦しい中でもこの研究自体が自分にとって興味深かったことがモチベーションになっていたので、研究テーマには思い入れがあります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究アイデア自体の新規性が高いことに加え、架橋高分子は直接的な現象解析が難しい材料であるため、反応が進行している明確な証拠を得ることが難しかったところです。異種材料間の反応に関する研究はさまざまな分野に跨っているため文献が散逸しており、実験手法も分野によって異なります。その中から自分の研究に適した実験手法・解析手法を手探りで構築していくことに常に苦戦していました。研究室の先輩にアドバイスを貰ったり、適用できるかもしれないと思った手法をとにかく試してみたりしていく過程で、自分の技術的な課題や実験手法の問題点が徐々にわかるようになり、どうにか再現性の取れる実験手法に辿りつくことができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

私が所属した大塚研究室では、低分子の合成から高分子の物性までを研究対象としていたため、低分子から高分子材料まで取り扱い、分子レベルの化学の考え方が連鎖・集積して材料物性にまで繋がること、広いスケールで色々な論理が絡み合っている複雑さなどを、自分の手で実感することができました。修了後は、企業で材料開発に携わることになると思いますが、材料のスケールが変わっても扱っているのは化学の現象で、これまでの研究で考えてきた論理の連鎖・集積だということを念頭に、一端ながら化学や材料の発展に携わっていければと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

私の研究生活の反省も兼ねてですが、やはり狭い範囲、例えば一人、一つのテーマ、狭いコミュニティで物事を考えていると盲点が沢山できるということです。他のメンバーの実験を聞いて初めて新しい手法を思いついたり、学会に出て研究室の研究の進め方の偏りが見えてきたり、分野を渡り歩いてきた先生方の知識や発想力に感服したりすることは沢山ありました。知識は多くて困ることはありません。知識の範囲も興味の範囲も広げていって新しい視点をどんどん得てこそ斬新なアイデアを出せるのだろうと思います。「これは自分の専門外」と考えることなく、自分の抽斗の中にさまざまな知識を増やして欲しいと思います。

最後になりましたが、ご指導いただきました大塚教授・青木助教、ならびにご助力いただきました皆さまに心より感謝申し上げます。