このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
昨今ではカスタマー(顧客)ハラスメント、ペイシェント(患者)ハラスメントという言葉を耳にする機会も増え、厚生労働省や各業界団体でも対策の策定を各企業に求める動きがありますが、動物病院にとってもそれは他人事ではありません。
動物病院は動物の命を扱うため、利用者である飼い主さまの感情も大きく動く現場です。飼い主さまが治療の中で納得いかないことがあり、やり場のない悲しみや怒りの矛先を病院やスタッフに向けることも決して珍しくはありません。また直接飼い主さまに相対して接遇する機会が多いため、パワハラやセクハラも発生しやすい職場だと言えるでしょう。今回のコラムでは飼い主さまからのハラスメントに対する対策や対処法について紹介します。
カスハラとは何なのか、通常のクレームとは何が異なるのか、ということをまず病院として整理し、スタッフ全員が理解、認識する必要があります。
厚生労働省が発行した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」ではカスハラは以下のように定義されています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」
またカスハラの類型と動物病院での実例としては以下のようなものが挙げられます。
| カスハラの類型 | 動物病院での実例 |
|---|---|
| 時間拘束 |
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| リピート型 |
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| 暴言 |
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| 揚げ足とり |
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| 脅迫 |
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| 権威型 |
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| SNSへの投稿 |
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| 正当な理由のない過度な要求 |
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| セクハラ |
|
| その他 |
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上記に該当する行為が自分の病院で発生したことがあるという院長先生も多いのではないでしょうか。まずは「これは行き過ぎた行為であってカスハラなのだ」という認識を持つことが大切です。またこれらの行為の中には傷害罪、暴行罪、脅迫罪、強要罪、名誉棄損罪、威力業務妨害罪など法律上の犯罪に該当するものも少なくなく、毅然と対応することが必要です。
病院としてカスハラを許すことなく毅然と対応する、スタッフの人権を尊重しカスハラから守るという旨を明確に定め、スタッフ側、飼い主さま側の双方に示しましょう。
スタッフ側にはカスハラに対する方針はもちろんのこと、実際にカスハラを受けた際の具体的な業務フローや相談経路を決めて共有することが大切です。このとき大切なのが病院全体に方針を共有し例外を作らないようにすることです。例えばある飼い主さまの過度な要求を受け入れてしまうスタッフがいた場合、それが前例となってしまい、「以前はやってくれたぞ」「○○さんはやってくれたぞ」という更なる要求につながり新たなカスハラを招いてしまうことになります。院長だけではなく、スタッフ全体がカスハラには毅然と対応するのだという意識を共有することが大切です。
飼い主さま側には院内掲示やHPなどでカスハラに対する方針を示しましょう。厚生労働省や都道府県などの自治体では掲示用として使えるポスターデザインを無料で配布していたり、ダウンロードできるようにしていますので、適宜活用しましょう。以下は厚生労働省で配布されているデザインを動物病院用にアレンジした例です(厚生労働省のサイトからイラスト部分を空白にしたバージョンがダウンロードできます)。
また、ウェブサイト上でカスハラに対する方針を示している動物病院さまも増えつつありますので、参考に見てみるのもよいでしょう。
あらためて、カスハラ対策は何のためにやるのか考えてみましょう。まずは当たり前ですが、病院やスタッフをカスハラから守るためです。そして、もう一つ忘れてはいけないのは、カスハラの被害に遭ったスタッフから病院が責められることを避けるためでもあるのです。
「病院が毅然と対応しなかったから私はカスハラの被害に遭った!」「私がカスハラの被害に遭ったときに病院が全く守ってくれずにカスハラが悪化した!」と訴えられるリスクがあることは、動物病院経営者は頭に入れておく必要があります。実際にスタッフがカスハラの被害に遭った際に、企業側が適切な対応をせずスタッフを守ろうとしなかったということをそのスタッフから訴えられ、賠償責任が認められた裁判事例もあります。「病院としてはできる限りの対応をしている」とスタッフに胸を張って言えるよう、日頃から準備をしておくことが肝要です。
また「2」でも述べた通り、犯罪に該当するようなカスハラも増えているのが現実です。動物病院のスタッフに対するストーカー行為や病院に対する脅迫行為の中には痛ましいニュースになったものもありますし、私が経営サポートをしている動物病院さまでもいわゆる警察沙汰、裁判沙汰になった事例は少なからずあります。取り返しのつかない被害が発生してからでは遅いです。犯罪やそれに類する行為に対しては、警察への通報や弁護士等への相談も含め、躊躇なく迅速に対応しましょう。
【2025年9月/文責:動物病院経営パートナーEn-Jin 代表取締役 古屋敷 純】
