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2023年11月、エリスロポエチンの基準範囲が変更されました。 新しい基準範囲は、犬2.8mUL/mL以下、猫4.8mIU/mL以下となっています。健康で貧血や腎障害のない動物で測定したところ、分布の下限が検出限界未満となってしまうため、やむを得ずこのように設定しています。この変更によって基準範囲の下限が設定されなくなってしまったことで、混乱を招いてしまったかもしれません。
臨床的にエリスロポエチン濃度を測定する場面は、大きく分けて2つあると思います。

真性多血症(真性赤血球増加症)と二次性多血症を分けるためにエリスロポエチンが測定されます。二次性多血症は低酸素に起因する場合とエリスロポエチン産生性腎臓腫瘍が原因になる場合とがありますが、いずれも血中エリスロポエチン濃度は上昇します。一方で真性多血症は慢性骨髄増殖性疾患の1つで、白血病の1種とみなすことができます。エリスロポエチンの刺激とは関係なしに赤血球が増加しますので、エリスロポエチンは基準範囲内か、フィードバックを受けて低値となります。
エリスロポエチンは主に腎臓で産生されるため、慢性腎臓病等で腎機能が低下するとエリスロポエチンの産生が低下し、貧血を呈することがあります。これを腎性貧血と呼んでいます。実際には、腎性貧血はエリスロポエチンの低下だけでなく、消化管出血の増加や赤血球寿命の短縮などの複数の要素が関連して生じますが、検査としてわかりやすいこともあり、エリスロポエチン濃度の測定がしばしば選択されます。貧血があり、エリスロポエチン濃度が低値であれば、腎性貧血が疑われます。
このうち、多血症についてはエリスロポエチンの上昇を指標にするため、新しい基準範囲でも特に問題ないと思います。問題は腎性貧血の方ですね。「エリスロポエチンの低下を見たいのに、下限がなければ判断できないじゃないか」と思われるかもしれませんが、一つ一つきちんと考えていけば対応は可能です。
エリスロポエチンの低下を腎性貧血の原因と考えてしまうとそこで行き詰まってしまいますが、前述したとおり腎性貧血の発生原因はそれだけではありません。そこで発想を転換してみてください。腎性貧血以外の原因で貧血を呈していたとしたらどうでしょう? 理論上は、腎機能やエリスロポエチンの産生能に問題がなければ、貧血に反応してエリスロポエチン濃度は増加するはずです。基準範囲内だとしても、高めの値をとるでしょう。一方で腎性貧血では、さまざまなメカニズムで貧血が生じますが、エリスロポエチンの産生が低下していますので、代償的にエリスロポエチン濃度が増えることはありません。つまり、貧血があるのにエリスロポエチンが代償的に増加していないということが、間接的に腎性貧血を示唆する所見になるわけです。
この考え方は、生体内の代謝を調節するホルモン全般に当てはまります。ホルモンを介した反応の多くはフィードバック調節を受けますので、何かを増やす働きをするホルモンは、その何かが異常な理由で減ったなら、減った分を取り戻すために増えるのが普通です。そして、増えるべきなのに増えていないということは、たとえ基準範囲内に収まっていたとしてもフィードバック機構がうまく働いていないことを意味しており、異常な状態と考えられます。基準範囲から逸脱したかどうかで機械的に判断するのではなく、関連する項目との関係性で評価する必要があります。
もちろん、高感度な測定系を採用して基準範囲の下限を決められれば、臨床的により良いのは間違いありません。しかし、そうした高感度な測定系は検査の試薬が高価であり、測定の手間も増加するため、検査費用を大幅に上げざるを得なくなります。そうするとよほどの場合でないと利用できない検査となってしまうため、検査会社としてはなかなか頭の痛い問題です。