このウェブサイトはクッキーを使用しています。このサイトを使用することにより、プライバシーポリシーに同意したことになります。

日本
動物医療コラム

犬の消化器型リンパ腫と慢性腸症の鑑別における血中ヌクレオソーム濃度の有用性

第22回日本獣医内科学アカデミー学術大会-JCVIM 2026-
AiCVIM SAIMレジデント リサーチセッション

このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。

背景

消化器型リンパ腫(GIL:Gastrointestinal Lymphoma)および慢性腸症(CE:Chronic Enteropathy)は、いずれも慢性の消化器兆候を呈する犬での発生率の高い重要な鑑別疾患です。治療方法および予後が異なるため、両疾患の鑑別は重要です。しかしながら、両疾患の臨床兆候は類似しており、血液検査など非侵襲的な検査での鑑別は困難です。確定診断には内視鏡などによる生検および病理組織検査が必要ですが、麻酔を必要とすることなどから、検査の実施が遅れることも問題となる場合があります。GILの超音波検査所見について、大細胞性リンパ腫は層構造の消失を伴う壁肥厚、消化管の腫瘤、リンパ節の顕著な腫大など、明らかな腫瘤が超音波検査で確認できることもあります。その一方で、全症例で消化管等に腫瘤病変が認められるわけではなく、局所的な層構造の消失などでは見逃しのリスクもあり、過去の報告では、約10~30%の症例で超音波検査では異常が認められなかったと報告されています。小細胞性リンパ腫は、大細胞性と異なり、明らかな腫瘤を形成することは稀です。筋層の肥厚やリンパ節の軽度腫大などは一定割合で認められますが、CEの症例でも同様の所見が認められるため、超音波検査での鑑別はさらに困難です。加えて、超音波検査は術者のスキルや熟練度に診断の性能が左右されます。

そこで注目したのがヌクレオソームです。ヌクレオソームとは、細胞の核内に存在するDNAとヒストンタンパク質からなる複合体で、細胞死に伴って血中に放出されるという特徴があります。この特徴を利用して、すでに臨床現場でがんマーカーとしての使用も可能となっており、犬においては多中心型リンパ腫や血管肉腫、組織球性肉腫などの様々な腫瘍で上昇が報告されています。これに対して、GILにおける上昇の報告は非常に限られており、CEとの鑑別における有用性も不明です。

本研究では、GILで血中ヌクレオソーム濃度が上昇するか、CEとの鑑別に有用か、サブグループに分類した場合に血中ヌクレオソーム濃度に違いがあるかを検討しました。

材料および方法

研究デザインは前向き横断研究で、組み込み基準は消化器兆候を主訴に当院に来院し、血中のヌクレオソーム濃度の測定が行われ、その後の精査でGILまたはCEと確定診断が得られた症例です。除外基準は、消化管外での明らかな腫瘍性疾患、炎症性疾患等の併発疾患を有する症例です。

診断基準について、CEは3週間以上持続する消化器兆候があり、各種検査で他疾患が除外または否定的とされた症例です。CEは食事反応性腸症(FRE:Food Responsive Enteropathy)および慢性炎症性腸症(CIE:Chronic Inflammatory Enteropathies)の2群に分類しています。FREは、食事療法のみで良化が確認され、追加治療が必要とされなかった症例です。CIEは食事反応なし、または給与困難で、病理組織学的な検査での炎症を確認し、併せてリンパ腫も除外しています。

GILに関しては、小細胞性リンパ腫(S-GIL:Small-cell Gastrointestinal Lymphoma)と中~大細胞性リンパ腫(ML-GIL:Middle-to-Large Cell Lymphoma)に分類しています。S-GILは、病理組織検査および免疫組織化学染色を全例で実施し、症例に応じてクローナリティ検査も併せて行いました。ML-GILは、細胞診または病理組織検査に基づいて診断を行っています。なお、すべての症例は米国獣医病理学専門医によって評価が行われています。

血中ヌクレオソームの測定は、12時間の絶食後、EDTA血液を用いてNu.Q™ H3.1 (ELISA-based, Belgian Volition SRL)で行いました。血中ヌクレオソーム濃度の評価に関しては、まず健常犬の参照範囲との比較を行い、次にGILとCEのヌクレオソーム濃度の比較、ROC解析によるカットオフ値の算出、感度・特異度による診断性能評価を行いました。副次的な解析としては、4群間での比較およびプレドニゾロンの投与有無の影響の評価を行いました。

統計解析に関して、正規性検定はShapiro–Wilk検定、群間⽐較は2群がMann–Whitney U検定、4群がSteel–Dwass検定、鑑別能評価はROC解析 (AUC)、Youden指数にて最適カットオフ値を設定、有意⽔準はP < 0.05と設定しました。

結果

60例でヌクレオソームの測定を実施し、そのうち24例(併発疾患の存在、その他の消化管疾患の存在、確定診断に至らなかった症例)が除外されました。最終的には36例が本研究に組み込まれ、内訳はCE 17例(FRE 5例、CIE 12例)、GIL 19例(S-GIL 6例、ML-GIL 13例)でした。

本研究におけるCE群とGIL群の血中ヌクレオソーム濃度について、CE群はほとんどが健常犬の参照範囲に分布し、中央値は54 ng/mLでした。一方で、GIL群は多くの症例が健常犬の参照範囲を逸脱しており、中央値は224 ng/mLでした。両群には統計学的な有意差が確認され、ROC解析を用いたカットオフ値は103 ng/mLと算出され、この場合の感度は79%、特異度は100%という結果でした。

4群に分類した場合の血中ヌクレオソーム濃度について、特にML-GILで高値を示しており、FREおよびCIE群との間に統計学的な有意差が確認されました。一方で、S-GILに関しては、約半数の症例で明らかな上昇が確認されず、その他の群間との比較でも統計学的な有意差は確認されませんでした。先ほど算出したカットオフ値103 ng/mLを用いた場合、ML-GILの感度は92%、S-GILの感度は50%でした。

ステロイド投与の有無別にみた⾎中ヌクレオソーム濃度について、検体採取日の2日以内にステロイドの投与が行われていた症例を投与ありと定義しています。投与なし群ではML-GILで高値を示し、FREおよびCIEで低値を示すという全体解析と同様の結果が得られています。
各疾患群でステロイド投与の有無で比較を行うと、ML-GILでは有意差はなく、CIEにおいても群間で有意差はありませんでした。S-GILは投与ありが1頭のみで評価は困難でした。

考察

本研究の結果として、GILにおいても血中ヌクレオソーム濃度の上昇が確認されました。過去の報告で多中心型リンパ腫等の様々な腫瘍でヌクレオソームの上昇が報告されていますが、GILに焦点を当てた報告は限られており、本研究は重要な意義を持つと考えています。
また、同じGILでも腫瘍のサイズによって上昇の程度が異なることが明らかになりました。この要因としては、腫瘍の生物学的挙動の違いや、生体内での腫瘍量の違いが結果に影響していると考えています。

今回、CEの多くは健常犬の参照範囲内に分布していました。過去の報告においても、非腫瘍性の消化器疾患の犬では、健常犬と血中ヌクレオソーム濃度に有意差はないことが示されています。これらのことから、CEでは血中ヌクレオソーム濃度の顕著な上昇は生じない可能性が示唆されました。
臨床的な有用性に関して、カットオフ値を103 ng/mLに設定した場合、リンパ腫診断における感度は79%(ML-GIL 92%、S-GIL 50%)、特異度は100%という結果が得られました。この結果から、血中ヌクレオソーム濃度の高値はリンパ腫を強く示唆する所見であるため、超音波検査の再評価や内視鏡検査の実施、二次診療施設への紹介などを後押しする材料になると考えられます。一方で、低値が確認された場合の解釈として、CEと矛盾しない所見ではありますが、特にS-GILの除外は困難であることを認識しておくことが重要です。

制限として、症例数が少なく、特に4群間の比較では統計学的な検出力が十分ではない可能性が考えられます。また、診断上の限界として、内視鏡の到達範囲外にリンパ腫が存在していた可能性や、消化管外における潜在的な腫瘍の可能性を完全には否定できていません。また、臨床症例を対象に行っている研究であるため、検体採取時点で治療介入が行われていた症例が含まれています。それらが今回の結果に影響した可能性は否定できません。

結論

血中ヌクレオソーム濃度は、犬のGILとCEの鑑別に有用である可能性が示唆されました。一方で、S-GILのスクリーニングにおける有用性は限定的であると考えられました。