このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
獣医消化器病学研究室 教授
アジア獣医内科学専門医(内科)
坂井 学 先生
日本の動物医療に内視鏡が取り入れられてから四半世紀。近年ではその有用性が広がり、利用する施設も増えている。特に、その黎明期から内視鏡の活用に力を入れてきた日本大学動物病院消化器内科では、年間100件以上の内視鏡症例件数があるという。そこで今回は、内視鏡の普及に長く携わってきた同大学 生物資源科学部 獣医消化器病学研究室 教授 の坂井学先生に、内視鏡検査を実施する意義や対象となる疾患、飼い主への説明時の工夫、そして獣医療における内視鏡検査の今後の発展についてお話をうかがった。
動物医療における普及に尽力
日本大学を卒業後、東京大学で2年間、外科系研修医をしていました。25年ほど前のことですが、そのとき内科に内視鏡が導入され、内視鏡検査が始まりました。
しかし私は外科だったので、内視鏡に触る機会はありませんでした。ただ、麻酔は外科が担当していたので、検査があると研修医の私などが麻酔管理を行っていました。そこで、動物にも内視鏡が使えることを知りました。
当時は、X線をいかに読影するかという時代でしたし、超音波もようやく出てきた頃でした。そこに内視鏡が導入されて白と黒の世界から肉眼の世界に移り、今まで見えなかったものが見えるようになったことに非常に驚きました。また、開腹せずに検査ができたり、異物を取ったりできるのは非常に画期的だと感じました。
東大での研修医を終えて日大の大学院に戻り、消化管や肝臓を研究テーマに考えました。低侵襲検査がキーワードだったので、内視鏡もその対象の一つでした。また当時は腹腔鏡を使用している施設もほとんどなかったため、大学院生の4年間でその立ち上げにも関わりました。それから内科医として、獣医消化器病学、獣医内科学、犬猫の消化器病の研究や診療を専門としてきました。そうした経緯から、内視鏡の普及に20年近く携わっています。
動物病院によってさまざまですが、大学付属動物病院のような二次診療施設では、特に内科的な病気、消化管の炎症や腫瘍などの病理学的な診断を目的に内視鏡を活用しています。
一昔前は、試験開腹をして消化管の一部を生検していた時代もありますが、現在では内視鏡検査で小さな組織を生検し病理診断ができ、適切な治療ができるようになりました。内科治療のための手術(開腹)は動物にも負担がかかりますし、飼い主の同意もなかなか得にくい部分でした。しかし内視鏡検査であれば、全身麻酔の必要はあるものの、検査が日帰りででき痛みもないため、飼い主に受け入れていただきやすいです。
また、診断精度に関しても、内視鏡検査を行うことで向上させることができます。人の場合、内視鏡検査といえば胃癌や大腸癌などの腫瘍を思い浮かべますが、犬猫の消化管の病気で多いのは炎症やリンパ腫などです。粘膜面に病変があるため、内視鏡下で組織を複数取るほうが、病理診断には有効です。必ずしも、開腹したほうが良い病理が取れるとは限らないのです。
ただし、内視鏡も万能ではありません。例えば腫瘍で壁が薄くなっている場合は、空気を入れながら進む際に穴が開いてしまうといった合併症の危険もあるため、検査前には十分な判断が必要です。安全性は高いものの、わずかに合併症の危険があることは、知っておかなければなりません。
二次診療施設には、慢性的な嘔吐や下痢で来院する動物が多くいます。そのため、何が原因でその症状が起こっているのかを確定診断する必要があります。もちろん消化管以外の病気も否定していかなければなりませんが、消化管の病気の可能性がある場合は生検が必要です。そこで慢性的な腸炎やリンパ腫が見つかれば、必要に応じてステロイドや抗がん剤などを使用していきます。このように二次診療施設では、難治性の疾患に対して、確実な診断のもと、確実な治療をしていくために内視鏡検査を行っています。
一方で一次診療施設では、救急も含め、誤飲が多いと思います。そういう場合は早い段階で内視鏡を使って、胃の中にあるものを取り除きます。異物のために開腹するよりは、内視鏡を活用するのではないでしょうか。
また、動物医療の進歩によって犬猫に慢性腸炎やリンパ腫、リンパ管拡張症などの病気が多いことがわかってきました。内視鏡検査でなければ判断できないケースがあるという認識が広がり、内視鏡検査を実施する施設も増えています。そうしたことから一次診療では、異物対応から慢性疾患の診断まで、内視鏡の適応が増えていると思います。
慢性の嘔吐や下痢、低アルブミン血症などで、既に一次診療で内視鏡検査を受けて治療しているけれど、なかなか治らない動物も多く来院します。そのような動物では、当院では必ずもう一度、内視鏡検査を行いますが、CT検査を組み合わせることで、現在の病態をより正確に把握するようにしています。
その結果、ときには一次診療の診断と二次診療の診断が乖離することもあります。これは、いくら内視鏡を入れる技術に長けていても、見るだけでは診断できないケースがあるためです。例えば生検鉗子で組織を取る際、1、2カ所では正確な診断はできません。
そのため当院ではガイドラインに基づいて、胃で6個、小腸の入口で6個、さらに奥で6個と、最低でも18個以上の組織を採取します。さらにサンプルをろ紙に正確に貼り付けて病理検査に出しています。病理医が評価するのに適したサンプルを提出することが重要であり、サンプルの数が少なかったり、固定の仕方が悪かったりすると、診断結果が乖離してしまうことがあるからです。人手や時間の問題、“検査だから”という安易な考えで内視鏡検査を行うと、場合によっては診断が甘くなる可能性があるため、常に意識をもって取り組んでいます。
また、当院は大学付属動物病院なのでハイリスクなケースも多いため、内視鏡操作に慣れた獣医師が対応しています。人の場合は無麻酔で検査することもありますが、動物の場合は全てに麻酔をかけて内視鏡検査を行います。さらに、上部消化管だけではなく下部消化管にも実施するとなると時間もかかり、動物の負担も大きくなります。そのため、麻酔担当獣医師や愛玩動物看護師などの人員も含め、内視鏡検査を安心して実施できる環境を整えています。
人の場合、内視鏡検査では主に大腸癌や胃癌、食道癌などが検査対象となる一方で、動物の場合にはこのような癌はそこまで多くありません。また、人は便に潜血反応があれば内視鏡検査を行いますが、動物の場合は症状が出てから実施するケースがほとんどです。
特に消化管疾患の場合は、血液検査で異常がなかったり、あるとすれば、低アルブミン血症しか認められなかったり。このような動物では比較的多いため、早い段階で内視鏡検査を行うことで、腸炎やリンパ管拡張症を見つけて治療介入することになります。
ただし、症状が重篤でないと飼い主が内視鏡検査を望まないこともあります。たとえ血液検査で異常がなくても麻酔をかけることに対して、少しハードルが高いからです。やはり麻酔はリスクがあるため、症状がない動物に内視鏡検査を早期に実施できないこともあります。
こうしたことから犬猫の消化管疾患については、症状が出てから鑑別診断をして、内視鏡検査が必要な場合はなるべく早く実施するというのが一般的です。そのタイミングが早ければ早期治療につながるという考え方だと思います。
具体例を挙げるのは難しいところです。もちろん内視鏡検査をしたことで適切な病理学的な診断ができ、それに対して治療方針を組み立て、それで良くなれば成功事例になると思います。しかし実際は、同じ病名が付いていても個体によって病態はさまざまです。内視鏡検査をしたからといって全てが治療に反応するわけではなく、治療に反応しづらい症例もあります。人のように、ポリペクトミーで良くなったというような劇的なケースは、動物の消化器内科では少ないと思います。
また、内視鏡検査をしない治療的診断、例えば腸炎を疑ってステロイドを使ってみたり、食事を変えてみたりして治療介入する施設もあると思います。それで良い結果が得られれば、それも一つのアプローチなのかもしれませんが、良くならない場合は、早い段階で内視鏡検査をして、適切な治療を選択する必要があります。検査を先延ばしにしたり、いろいろな薬を使ったりして副作用が出てしまってから難治性になり、私の施設に紹介されるケースもあります。
とはいえこれは、獣医師だけの問題ではありません。繰り返しにはなりますが、内視鏡検査は麻酔をかけるため、飼い主の検査に対する心理的なハードルが高くなってしまうことも理由の一つにあると思います。
誤飲などの異物対応は急性の状態なので、問診やX線検査を通じて内視鏡を入れるのは必要な対応です。しかし人の場合でも、急性の胃腸炎で内視鏡を入れないように、動物も昨日急に吐いたからといって、いきなり内視鏡検査にはなりません。まずは対症療法や食事療法をして、経過を見ていきます。
ただし、それでも反応しない場合や、嘔吐の回数が増えて痩せてきたというような慢性的な病態の場合には、どこかの段階で内視鏡検査をしないと原因の判断ができません。腎臓病でも肝臓病でも嘔吐はするため、鑑別診断をして最終的に消化管が問題と判断すれば、次は内視鏡検査を提案する必要があります。吐いているから内視鏡検査をするのではなく、症状が治らないから内視鏡検査を提案するわけです。その前段階の鑑別診断をしっかり行った上で、飼い主が納得できるような筋道を立ててインフォームドコンセントをすることが大切です。
また、リスクに関する説明も重要です。例えば腫瘍を取る手術のために麻酔をかけるのは、治療に直結するため飼い主も受け入れやすいと思います。しかし、「検査のための麻酔」は治療に直結しないので、受け入れにくくなります。大きな手術であれば万が一を想像するかもしれませんが、内視鏡検査で亡くなるというイメージはないと思います。しかし、リスクを伴う検査ではあるので、検査の意義と合わせてしっかり説明する必要があります。
産学共同でさらなる研究を
例えば胃に出血があったとき、特殊光観察*に変更すると病変のポイントだけではなく周りもより鮮明に見えます。小腸のリンパ管拡張症についても、リンパ管は白色光でも白く確認できますが、特殊光に変更することでより強調されて見えるようになります。
そのため、飼い主に説明する際に画像をみせることはメリットがあります。獣医師の感覚では病変の見え方が強くても、飼い主からするとそれほどには感じられない場合もあります。しかし同じ画像であっても色を変更すると強調されるため、飼い主も病変を理解しやすくなります。治療に対して積極的に介入いただくためには、飼い主に納得していただくことが大事です。しかしX線、超音波、CTは白と黒の世界なので伝わりづらい一面もあります。その点、内視鏡のように肉眼的な画像であれば、視覚的に理解していただくことができます。
画像強調にはこうした利点はありますが、例えば炎症やリンパ腫などを見つけやすくなるかどうかは、現時点では判断が難しいところです。この機能は、人の腫瘍の発見には有用だと思います。しかし動物の場合、大腸癌や胃腺癌などはかなり進行してから見つかることが多いため、画像を強調しなくても肉眼で確認ができます。また、慢性腸炎からリンパ腫への移行についても、今のところ内視鏡の見え方で判断はできません。そのため現段階では、内視鏡以外に超音波やCTなどを組み合わせて病気を診断し治療法を見つけていくほうが、犬猫の消化器疾患に対しては現実的かもしれません。
現在は、消化管のどこから、どれくらいのサンプルを取ると、どういう病理診断が出るのか、そのエビデンスを積み上げているところです。人と比べると内視鏡検査に関するエビデンスの数は少ないですが、その中で何ができるかを獣医師は常に考えています。人では、AIを使って診断確率を上げていく方向に向かっていますが、動物の場合はそういう使い方はまだありません。動物医療にAIなどどう活用できるのかは、大学や医療機関などでこれから研究を進めていく必要があると思います。
- * 画像強調内視鏡技術

胃点状出血「白色光」

胃点状出血「画像強調内視鏡技術」

リンパ管拡張症「白色光」

リンパ管拡張症「画像強調内視鏡技術」
この25年で、内視鏡はずいぶん発展してきました。画質だけを取っても、相当良くなったと思います。当初はファイバースコープにCCDカメラをつけてブラウン管で写していたので、ファイバーが一本でも切れるとそこだけ黒くなって見えないという時代でしたから。
動物に対し安全に適切な検査や処置が実践できる動物医療用の内視鏡を使って獣医師が正しい扱い方を身につけることが大切です。
今後、動物医療用の内視鏡をさらに発展させていくためには、新しい機能や技術が動物医療にどう活かせるかを研究すること、同時に、現在の動物医療に合ったガイドラインにアップデートすることが重要だと思います。そしてそれを世界にも発信し、グローバルスタンダードとして確立していくことが必要なのではないでしょうか。たしかに、内視鏡に関する論文も日本からかなり出てきていますが、数では欧米のほうが優勢だと思います。ただし、彼らが使用している内視鏡の多くは日本企業の製品です。日本の内視鏡技術は世界でも最先端であると思われるので、これからも産学が連携して研究を進めていくことが重要だと考えています。
日大の獣医学科では4年次に胃のモデルを使用した内視鏡検査の実習を10年以上前から実施しています。また学生は大学附属動物病院で症例の内視鏡検査を見学し、組織サンプルの処理の仕方や、洗浄・消毒も学びます。
研修医プログラムは4年間ですが、前期の2年間には内視鏡をまだ使用できません。なぜならこの段階では、内視鏡を入れるべきかどうかの鑑別診断をしっかりと学ぶことが求められるからです。鑑別診断ができてはじめて、内視鏡の技術習得につながります。必要な症例に対して必要な検査を行うという考え方は、内視鏡検査だけではなく全てに通じるため、順を追った研修教育を重視しています。
その後、内科専科になった研修医がはじめて内視鏡を症例に使用します。後期の2年間でしっかり内視鏡のトレーニングをすることで、実社会に出たときに、動物病院の中心的なメンバーとして内視鏡検査が実施できるようにしています。
一方で、日大には獣医保健看護学科もあるので、愛玩動物看護師の育成に向けた教育も行っています。これまで獣医師がしてきた、血圧の測定や心電図などの術中麻酔モニター、内視鏡検査の補助、麻酔覚醒後のケア、内視鏡の洗浄・消毒、病理サンプル処理などを任せられる愛玩動物看護師に大きな期待が寄せられています。
大腸の内視鏡検査において、人は下剤などを使うことで腸内がきれいになりますが、犬猫ではそれができないので、麻酔をかけてから浣腸して便を出します。腸内をきれいにしておかないと内視鏡で病変を見逃してしまうため、検査前の処置は非常に重要です。獣医師は検査や治療に専念し、愛玩動物看護師は検査前の準備や動物のケア、機器の衛生管理を担当する。そういった役割分担をしっかり教育していくと、内視鏡検査もいろいろな施設で安心して実施できるようになると思います。今後はスタッフ一丸となり、チーム医療で内視鏡を扱っていく施設も増えていくのではないでしょうか。
内視鏡は日本がトップシェアだと思いますし、人のほうでも富士フイルムさんの認識が高まっています。
動物医療用内視鏡の販売にはもちろん期待していますが、動物医療に適した情報発信やサポートなどについても、永続的に取り組んでいただきたいですね。そうして日本の中心、世界的な中心企業として、動物医療業界全体を盛り上げていただけたらと思います。
【富士フイルムVETシステムズ広報誌2025年夏号掲載記事 拡大版】