このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
動物病院の開業を考える獣医師にとって「新規開業」だけが独立の方法ではありません。
既存の動物病院を引き継ぐ「事業承継」も、戦略的に検討すべき有力な選択肢です。
現在、日本全国に1万軒以上の動物病院がありますが、その半数以上は院長ひとりで運営する小規模病院です*。親族に後継獣医師がいないまま院長が高齢化し、後継不在を理由に廃業してしまい、地域の飼い主さまがかかりつけ医院を失う事態にも繋がっています。
- * 農林水産省「飼育動物診療施設の開設届出状況(診療施設数)」
本記事では、新規開業を検討する獣医師が、「事業継承という開業方法」を理解できるよう、「親族間承継」「第三者承継」「M&A継承」の3つのタイプを比較し、メリット・デメリットを経営戦略の視点で解説します。
そもそも、「事業承継」とは現オーナーから事業を引き継ぐことです。
動物病院での事業承継には、一般企業の事業承継(M&A)にはない業界特有の事情があります。
動物病院の場合、獣医師である院長が診療の中心です。
一般企業では、経営者交代で事業継続可能ですが、院長が引退すれば病院機能が止まってしまうため、事業承継が極めて重要になります。
しかし上述のように親族内で獣医師がいないケースが増え、スタッフも一人(二人)しかいない病院が大半であるため、後継者探しが一般企業以上に難しいのが現状です。
動物病院は「地域の動物医療インフラ」としての顔も持っています。
長年かかりつけにしている飼い主さまにとって院長先生との信頼関係は非常に大切です。そのため承継に際しては、この信頼をいかに引き継ぐかが成否を分けます。
単に経営権を引き渡すだけでなく、診療方針やサービス内容を含め「先代が後継者を紹介する」時間を確保することが重要です。
動物病院は原則として獣医師でないと開業・管理できない(少なくとも獣医師の配置が必要)ため、一般企業のように異業種の企業がすぐ参入できるものではありません。
そのため、買い手は基本的に獣医師あるいは獣医療業界の組織に限られるという特殊性があります。
事業承継の種類は、大きく分けて以下の「親族間承継」「第三者承継」「M&A継承」の3種類あります。
現院長の親族(子どもや配偶者など)に引き継ぐ最も伝統的な形態です。
| 【メリット】 | 【デメリット】 |
|---|---|
| 周囲の理解を得やすくスムーズに引き継げる点です。飼い主さまにとっても「先代の身内」が後を継ぐと聞けば安心感が生まれ、信頼関係の土台が崩れにくいでしょう。 また、法的・手続き面でも相続の形がとれる分シンプルで、親族外に譲渡する際の複雑な契約手続きをある程度省略できます。 |
後継者本人の経営適性が十分でない場合に医院経営が不安定になるリスクがあります。 獣医師の資格や臨床技術があっても、経営の才覚は別問題であり、親族だからといって必ずしも経営手腕が保証されるわけではありません。 また近年は少子化や教育環境の変化で、親族内に後継ぎ候補がいない動物病院も増えており、親族承継が選べないケースも多くなっています。 |
親族以外の第三者に事業を引き継ぐ方法です。
具体的には、院長の知人の獣医師や、勤務医(スタッフ獣医師)が後継者となるケースなどがあります。
| 【メリット】 | 【デメリット】 |
|---|---|
| 親族承継が望めない場合の有力な選択肢で、現場を知る勤務医に引き継ぐパターンは特にスムーズです。 内部の勤務医であれば、医療方針や経営方針も理解した上で最も適任な人材を選べます。飼い主さまやスタッフとの信頼関係も引継ぎやすいでしょう。 |
資金面や責任面のハードルがあります。勤務医が院長になるには病院そのものを買い取る資金が必要であり、個人で開業資金を十分蓄えていないと難しいのが実情です。 引き継ぎ後は負債も含めて責任を負うことになり、「荷が重い」と承継を辞退するケースもあり得ます。 また、勤務医自体が少ない単医師の病院ではこの選択肢は取りようがなく、第三者候補を院外に探す必要も出てきます。 |
「企業の合併・買収」のスキームを用いて事業を譲渡・譲受する方法で、動物病院を売却し外部の第三者が買収する形です。近年、中小企業経営者の間でM&Aによる事業承継が浸透し始めており、動物病院業界でも徐々に増えている手法です。
買い手となる第三者は、他の獣医師個人の場合もありますし、動物病院グループや関連企業(ペット産業企業や投資ファンドなど)の場合もあります。
親族でも院内スタッフでも後継が見つからない場合、廃業ではなく外部に事業を引き継ぐ最後の手段としてM&Aが選択されます。
| 【メリット】 | 【デメリット】 |
|---|---|
| 売り手側(譲渡する院長)にとっては、廃業時に設備処分等で赤字を出すより、病院を売却して老後資金を得られます。 買い手側(後継者)にとっても、一から新規開業するより既存の顧客基盤や設備、人材が手に入る点で有利です。地域社会にとっても病院が存続する意義は大きく、飼い主さまやスタッフにとってもWin-Winの結果を生みやすいのが事業承継型M&Aの特徴です。 |
成立までに時間とコストがかかる点が挙げられます。 買収候補探しや交渉などのプロセスが専門的で長期化しやすいです。また、仲介会社を使えば手数料などの費用も発生します。 |
事業承継は決して「楽をする手段」ではなく、承継する側にも高度な経営判断と準備が求められる経営戦略です。地域の動物たちと飼い主さまのためにも、そしてご自身の開業成功のためにも、事業承継戦略を賢く活用することがこれからの時代に求められる経営判断の一つと言えるでしょう。
ペット市場の伸び悩みと院長高齢化が同時進行し、全国で後継者難の病院が急増。
ゼロから創業より、既存の顧客・設備・信頼を活かせる承継は「資金・時間・リスク」を大幅に削減できる“攻め”の開業方法です。
| 事業承継種類 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 親族間承継 | 「先代の身内」ということで飼い主さまとの信頼関係の土台が崩れにくい。 手続き面でも相続の形がとれるため比較的シンプル。 |
後継者本人の経営適性が十分でない場合に医院経営が不安定になる。 |
| 第三者承継 | 現場を知る勤務医に引き継ぐケースはスムーズに承継できる。 飼い主さまやスタッフとの信頼関係も引継ぎやすい。 |
買取資金や経営や負債も背負うという責任が大きくなる。 勤務医がいない単医師の病院ではこのパターンを取ることができない。 |
| M&Aによる承継 | 売り手側(譲渡する院長)や買い手側(後継者)、さらに飼い主さまやスタッフにとってもWin-Winの結果を生みやすい。 | 買収候補探しや交渉などのプロセスが長期化しやすい。 仲介会社を使えば手数料などの費用も発生する。 |
【2025年9月/文責:GMC株式会社 動物医療担当】
