このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
新しく動物病院を開業したいと考えたとき、ゼロから建てるだけが選択肢ではありません。既存の病院を引き継ぐ「事業承継*」なら、設備・スタッフ・飼い主さまの信頼をそのまま受け継げるため、リスクを最小限に抑えられます。一方、準備不足のまま飛び込むと想定外のコストやトラブルに悩まされてしまいます。
そこで本稿では、承継の成否を分ける 経営面と実務面の7つのチェックポイントを整理しました。
- * 事業承継の方法は大きく3つあり、その種類については別コラム「動物病院新規開業時に検討すべき事業承継とは?メリット・デメリットを解説➀」にて掲載しております。
なぜ新規開業ではなく、その病院を引き継ぎたいのか、どんな医療を地域に届けたいのかを具体的な言葉に落とし込みましょう。
「地域のかかりつけ医として24時間安心を提供したい」
「高度画像診断で早期発見を徹底したい」 など、
目的・ビジョンが鮮明になるほどスタッフや飼い主さまの共感を得やすく、ブレない判断軸になります。
曖昧なままスタートすると、設備投資や診療方針で迷走し、コストが膨らむリスクがあるため注意が必要です。
過去3〜5年分の損益計算書・来院件数・主要症例の割合をチェックし、収益構造を可視化しましょう。
季節変動やキャンペーンの影響も洗い出し、売上の山と谷を把握することで資金計画と広告戦略を組み立てやすくなります。また、税理士やM&Aアドバイザーに同行してもらえば、売却側との情報差の最小化が可能です。特に、借入残高やリース契約の有無は目を凝らして確認しましょう。
現在働く獣医師や看護師の診療スタイル、休暇体系、評価制度が考えている方針と合うかを面談で確かめます。
スタッフ満足度が高いほど、設備更新やサービス拡充への協力も得やすくなるため、承継後の離職や通院離れを防ぎ、売上の維持ができるでしょう。
また、口コミサイトやSNSで病院の評判を読み、一度見学して飼い主さまの層や雰囲気を肌で感じることが大切です。
これら3つの視点をクリアにすることで、承継後の経営方針が定まり、不測の出費や人材流出を防ぐ強固な土台が整います。
事業譲渡か株式譲渡かで必要な書類や許可更新の手順が異なります。
動物用医薬品販売業や廃棄物処理の許可証など、行政への届出が残っていないかリスト化し、漏れなく引き継ぎましょう。
地方自治体によっては承継後一定期間内に届出変更を行わないと罰則が科される場合もあるため、タスク管理表で進捗を管理すると安心です。
また、契約書には設備の瑕疵担保責任や競業避止義務を明記し、トラブル発生時の責任の所在を明確にすることが不可欠です。
設備機器・不動産・営業権の三本柱で公正な評価額を算出し、銀行融資や公庫制度融資の条件をシミュレーションしましょう。
診療単価アップやサービス拡充の余地を加味して、返済負担率が経常利益の25%以内に収まる計画を立てると、開業後のキャッシュフローが安定します。古いX線装置など更新が迫った機器の修繕コストも織り込めば、想定外の故障による資金ショートを防げるため安心です。
飼い主さまの不安を最小限に抑え、スムーズに新体制へ移行するためには、綿密な引き継ぎ計画が必要です。
一般的に、交渉開始から契約、そして実際の開業までは6ヶ月から1年程度かかります。
この期間を
「デューデリジェンス(病院の資産や経営状況の精密調査)」
「契約交渉」
「許認可手続き」
「引き継ぎ期間」
といったフェーズに分け、それぞれの期限とタスクを明確にしたスケジュールを立て、ガントチャートを作成しましょう。
また、承継を成功させるための最も重要な期間が、先代院長と後継者が一緒に診療を行う「並走期間」です。この期間を数ヶ月設けることで、後継者は診療方針やカルテの癖を学び、飼い主さまは「この先生なら大丈夫」という安心感を得ることができます。
院内掲示や挨拶状で後継者を紹介し、スタッフにも情報共有のタイミングを計るなど、丁寧なコミュニケーションが信頼をつなぎます。
M&A仲介会社だけでなく、弁護士・税理士・社会保険労務士をチームに起用すると、抜け漏れが激減します。また、選定時には「動物病院の承継実績があるか」を必ず確認しましょう。
薬事や廃棄物規制を理解していないと、あとで二度手間になる可能性があります。必要に応じて補助金・助成金の活用も相談してください。
専門家費用は数百万円になるケースもありますが、将来の訴訟リスクや過大税負担を防げると考えれば高い投資ではありません。
まとめ ― 「信頼」と「数字」の両立が成功へ近道
動物病院の事業承継は、「ビジョン・数値・人」の経営面での深い理解と、「法務・資金・引き継ぎ・専門家活用」という実務面での緻密な準備の両輪が揃って初めて成功します。
先代から受け継ぐ「信頼」を大切にしながら、経営者として「数字」でしっかり管理。
この2つを両立させ、地域に愛され続ける動物病院を築いていきましょう。
「親族間承継」「第三者承継」「M&A承継」という3つの方法が考えられます。
その方法別に確認ポイントが少し異なるため、方法別にチェックしましょう。(詳細は別コラムにて解説)
| 評価項目 | 評価 | |||
|---|---|---|---|---|
| 親族間承継 | 第三者承継 | M&A承継 | ||
|
経営面 |
1.ビジョンの明確化 | × | ◎ | 〇 |
| 2.経営数値の把握 | 〇 | ◎ | ◎ | |
| 3.スタッフ・飼い主さまとの相性確認 | × | ◎ | 〇 | |
|
実務面 |
4.法務・許認可の整理 | △ | ◎ | ◎ |
| 5.評価額と資金計画 | 〇 | ◎ | ◎ | |
| 6.引継ぎスケジュールの設計 | △ | 〇 | ◎ | |
| 7.専門家チームの活用 | × | 〇 | ◎ | |
- ◎:最重要 — 徹底的に深掘り・対策が必須
- 〇:高優先度 — 重点的に確認・準備すべき
- △:中程度 — ケースにより簡略化も可能
- ×:低優先度 — 原則として追加対応の必要性は小さい
- 親族間
親族間承継では価値観共有と内部情報がある程度そろっているため、ビジョンや数字の確認は「深さ」を抑えても対応できます。そのぶん法務・スケジュールは最低限のチェックで足りるケースが多く、専門家起用も限定的で済むことが多いという位置づけです。
- 第三者承継
第三者承継は「人・数字・手続き」すべてが不透明になりがちなので、7 項目すべてで◎または〇の高水準対応が基本線。
- M&A承継
M&A 承継は法務・財務デューデリジェンスが必須のため、数字・手続き・専門家活用はすべて◎。一方、ビジョンやスタッフ相性は交渉段階で擦り合わせる余地が残るため〇評価にとどめています。
【2025年9月/文責:GMC株式会社 動物医療担当】
