このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
以前、「問題スタッフとの「さよなら」を決断するポイント」というコラムを書きましたが、さよならをする決断をした場合は具体的にどのように動けばよいのでしょうか。一人のスタッフを辞めさせるということは、動物病院にとっても、そのスタッフの人生にとっても大きく影響することですので、決して簡単に考えるべきではなく、「クビだ!」「明日から来なくていい!」などと感情的に伝えることは避けなければなりません。そこで考えられる方法が「退職勧奨」です。
今回のコラムでは、やむを得ずスタッフと「さよなら」する決断をしたとき、最初にとる手段となることが多い「退職勧奨」について紹介したいと思います。
スタッフとさよならをする、スタッフに辞めてもらう、と聞いて多くの人が連想するのが「解雇」「クビ」という言葉だと思います。もちろん動物病院がスタッフを辞めさせる手段として解雇という方法を取ることは可能です。しかし日本では解雇のハードルは非常に高く、いくら問題があるスタッフだとしても簡単に解雇をすることはできません。また場合によっては不当解雇として損害賠償を求められ、裁判等に発展することもあります。
「裁判になっても勝てばいいんでしょ」と考えているとしたら、すぐに考えを改めてください。私は企業側の立場で解雇の正当性を争う裁判に携わったことがありますが、たとえ裁判に勝利したとしても動物病院側にとっての解雇裁判など良いことは一つもありません。
裁判になるとそれだけで以下のような負担が発生し、本来業務である獣医師業、院長業に大きな支障が出ますし、何より心の平穏が損なわれます。
- 裁判の対応をするという本来やる必要のない膨大な仕事が増える
- 弁護士費用など経済的なコストがかかる
- 陳述書の作成、証人としての出廷など時間的、心理的な負担が増える
- 元従業員と裁判をしているというだけで病院のイメージダウンになる
(そういう噂は想像以上に広まるものです)
「裁判になっても勝てばいい」ではなく「裁判になった時点で負け」くらいに考えておくくらいがちょうどいいです。したがって、会社側から従業員に対して一方的に契約終了を通告する「解雇」という方法は、本当の最終手段だと考えておいた方がよいでしょう。そこで重要になってくるのが「退職勧奨」なのです。
会社が従業員に自主的な退職を促す行為を「退職勧奨(たいしょくかんしょう)」といいます。
| 退職勧奨 | 解雇 |
|---|---|
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上記の通り、退職勧奨を経た退職はあくまで「本人の同意」が前提であり、強制力はありません。退職勧奨をしてもスタッフ側が「いいえ、辞めません」と応じ、話が平行線となることももちろんあり得ます。一方で、スタッフが退職勧奨に応じてくれた場合には「解雇」ではなく、「退職」となるわけですから、会社にとってのリスクは大きく低減します。また退職勧奨を経て退職した社員が「あれは退職勧奨ではなく実質的に解雇だった」などとして後日病院を訴える可能性もありますが、仮にそうなった場合にも解雇ではなく退職勧奨を受けて退職しているという事実は、病院側にとって有利な要素となります。
したがって解雇という最終手段を検討するのは「退職勧奨には応じてくれない」ということがはっきりしてからでも遅くはないでしょう。
一度退職勧奨をすると、そのスタッフと元通りの関係に戻ることは困難です。退職勧奨をする前に、そのスタッフと「さよなら」をする決断がきちんとできているのかを今一度考えましょう。
そして退職勧奨をする際に最も重要なのは、あくまで「勧奨」であり、「強要」になってはいけないということです。切り出し方はケースバイケースですが、「●●さんの今後について相談がある。結論を強制したりするものではないので率直な意見が聞きたい」といった感じで、相手の意思を尊重する姿勢を示すことが大切です。退職勧奨をするに至った理由があるはずですからその理由を明確に伝えつつ(ここは変に濁さない方がよい)、感情を逆なでしないように終始穏やかに振る舞い、退職という選択肢は取り得るか、本人はどう考えているか、などをまずは率直かつ冷静に話し合いましょう。
その際の主な注意点は以下の通りです。
- 早急に結論を求めない(家族と相談したり熟慮するための時間を与える)
- 面談内容は記録する。できれば録音したい。
- 院長先生以外にも上司にあたる人がいれば、同席するのが望ましい
- 本人が感情的になったり病院に対する不満などを話したとしても、反論や説得をしようとしない
退職勧奨の結果、本人が退職に応じるようであれば退職日を決めるなど粛々と退職に向けての手続きをします。退職が決まったとしても「どうせ退職するから」ということで感情をぶつけたり、有給休暇や残業代の支払いなど法的な面で落ち度を作るようなことは絶対に避けましょう。一方で退職勧奨に応じてくれない場合は、最終手段である解雇も含めて検討を進めていくことになります。
雇っているスタッフにこちらから退職を勧めるということは本来は避けたいことではありますが、人を雇って経営をしている以上、あらゆる動物病院でそのような状況になる可能性があります。退職勧奨と解雇の違いを理解し、場面に応じた適切な動き方をしましょう。
【2025年11月/文責:動物病院経営パートナーEn-Jin 代表取締役 古屋敷 純】
