このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
前回のコラム「【シリーズ 動物病院経営トラブル対応】スタッフが辞めたいと言い出した!」では、スタッフが退職を申し出てきたときは、決して感情的にならず冷静に粛々と対応しましょうということを書きました。今回のコラムでは、結果的にスタッフが退職することが決定した後の対応や留意点についてご紹介したいと思います。
全ての退職が“円満退職”であればいいですが、現実では会社に何らかの不満をもって退職するスタッフは非常に多いです。かつ退職を決意したスタッフは病院に未練もないため、これまで蓄積していた不満を忖度なくぶつけてくることも珍しくありません。スタッフが労基署、労働局などに駆け込んだり、会社を相手取って裁判を起こすなど、大きな労務トラブルが発生するのも、実は退職のタイミングが非常に多いのです。もちろんスタッフに媚びる必要はありませんが、退職のタイミングで余計なトラブルの火種を作らぬよう、感情とは切り離して必要な対応を粛々と手落ちなく進めていきましょう。
退職の申し出については口頭のみでも有効ではあります。しかし口約束のみだと、退職の意思や日付について言った言わないのトラブルになる可能性があります。スタッフが突然「辞めるとは言っていません」と言い出したり、「6月まではいてくれると言ったじゃないか」と退職時期について行き違いが発生することは予想以上に多いのです(それを争う裁判も多く存在します)。そのようなトラブルを防ぐためにも、「退職届」という書面によって退職の意思を明確に示してもらうことが重要です。就業規則にも退職届の提出をもって退出の意思を示すことを定めておくことをお勧めします。
退職届の提出の時期についてはスタッフの退職の意思と退職時期が固まり次第、速やかに提出してもらうようにしましょう。余裕をもって引継ぎなどを行うため、病院としてはできるだけ早く提出してほしいところですが、民法上では退職日の2週間前までに提出があれば問題ないとされているため、仮に2週間後に退職したいと言って退職届を提出してくるスタッフがいたとしても拒むことはできないことは覚えておきましょう。このことについては、コラム「【シリーズ 動物病院経営トラブル対応】スタッフが辞めたいと言い出した!」にも書いていますので合わせてご参照ください。
スタッフの退職が確定したのであれば、病院側も退職後のことを見据えて頭を切り替える必要があります。まず退職をするスタッフに業務上の特定の役割がある場合は、業務の引継ぎを行いましょう。特に勤務歴の長いスタッフが退職する場合は、その人しか知らない業務が存在していることも珍しくありません。狂犬病関連、保険関連、DM関連、業者との連絡など、担当者が退職した後、誰もその業務のことを知らないといった事態にならないように、退職までに計画的に引継ぎを行いましょう。
退職した人員の補充を行うかどうかについても速やかに検討する必要があります。退職時期を踏まえて、そのままの人員でしばらく運営するのか、追加の人員を補充するのかを検討し、補充が必要な場合は速やかに求人活動を行いましょう。理想はそのスタッフが退職するまでの間に新たなスタッフが入社して引継ぎを完了することです。
引継ぎや求人を余裕をもって行うためにも、退職の申告はできるだけ早めにしてもらうことが大切です。民法上の定めについては上述の通りですが、マナーとして極力早めに申告してもらえるような風土、文化を日頃から院内に醸成することを目指したいところです。
スタッフの退職時にトラブルになりやすいのが、給与(賞与、昇給を含む)と年次有給休暇の取り扱いです。まず退職をすることを理由に不当に給与を減額したり、支払わなかったり、ということはしないようにしましょう。賞与や昇給については基本的に病院側に裁量権があるので、退職をする=将来的な期待はできない、ということを判断根拠のひとつとすること自体は問題ありませんが、例えば就業規則上の賞与の支給条件を満たしているにもかかわらず退職の予定があることを理由に不当に賞与を支給しないなど、嫌がらせや差別と捉えられるような対応は避けなければなりません。
次に年次有給休暇の取り扱いですが、退職するスタッフの有給休暇が残っており取得を希望された場合には、基本的に退職日までに全ての有給休暇を取得させる必要があります。むしろ有給休暇の消化を前提としたうえで、逆算して退職日や最終出勤日を決めることが一般的です。法律上、企業は基本的に従業員の有給休暇取得を拒むことはできず、昨今この点については労働局など関係各所のチェックも厳しくなっていますので、感情的に有給取得を拒むようなことはしないようにしましょう(裁判等で不利になることがほとんどです)。なお、お勧めできることではないですが、慣例的に退職時に限り消化しきれない有給休暇をお金で買い取るということが行われることもあります。その場合も後でトラブルにならぬよう、金額や計算式について書面で取り交わしておく方がよいでしょう。
以上、スタッフが退職することが決まった後の代表的な対応や留意点について紹介しました。紹介した他にも貸与品の整理や、社会保険等の手続きなど、退職に伴って必要な手続きや作業は数多くあります。退職後はそのスタッフと連絡を取ることが難しくなることも多いため、退職までに計画的に進めることが大切です。繰り返しになりますが、たとえ退職するスタッフに対して色々と思うところがあったとしても、退職のタイミングで余計なトラブルの火種を作らないように、冷静な対応に努めましょう。
【2025年12月/文責:動物病院経営パートナーEn-Jin 代表取締役 古屋敷 純】



