このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。
本稿では、一つの症状や検査所見(異常所見)を取り上げ、それを呈する症例を例示しながら、診断アプローチをどう進めていくかを解説していきたいと思います。分析型のアプローチを基本としますが、鑑別診断の順位付けや取捨選択には経験(≒直観)に基づく「思考のショートカット」が影響してきます。このやり方は、あくまでも筆者のやり方であって、絶対的な正解ではありませんし、必ずうまくいくとも限りません。その点は十分ご注意ください。ただ、単なる当てずっぽうや手当たり次第に進めるよりはずっと合理的と思いますので、参考にしていただければ幸いです。
テーマとして、脱毛を選びました。一次診療ではそれなりに遭遇する機会の多い症状ではないかと思います。命にかかわるような病気につながっていることはあまり多くはないものの、飼い主さんは気にするし、きちんと治療できないと信頼を損ねます。私個人としては割と考えやすいと思っていますし、それでいて重要な「思考のショートカット」ポイントを多く含んでいます。例としてはちょうどいいのではないでしょうか?
今回の患者さんは、犬、Mix、12歳齢、去勢雄です。1年ほど前から掻痒を伴う脱毛が認められるようになり、次第に病変が全身に拡大しました。現在では、顔面(眼の周囲や耳介)、体幹部、四肢にまばらに脱毛が認められており、一部発赤や丘疹、痂疲も認められます。近くの病院でシャンプー療法、抗菌薬の投与、抗真菌薬の投与、試験的駆虫(イベルメクチンの投与)、食事の変更(アレルギー食)などの治療を試したけれども、いずれも奏功せず悪化しているとのことで来院しました。
問診結果からプロブレムを整理すると、「掻痒を伴う脱毛が1年間継続しており、各種治療に反応しないこと」がプロブレムと考えられます。まあ、細かく考えるときりがないですが、主訴としては脱毛ですね。まず、教科書的な脱毛を呈する疾患を以下に羅列しました。何度か書いている通り、主要な症状については鑑別診断リストを事前に作っておくとあとが楽になります。これもその一つで、「毛が抜けていて……」という主訴を聞いたら、すぐにこれが浮かぶようにしておきたいものです。また、ただ疾患を羅列するのではなく、病態や病因ごとにある程度まとめるようにしておくと、この後の鑑別が楽になります。
脱毛と一口に言っても、こうして書き出してみると意外と鑑別診断は多く、多岐にわたることがわかります。鑑別診断リストができたら、それを診断するための検査プランを考えていくわけですが、これらをすべて同列に鑑別しようとするとなかなか大変なので、もう少し絞り込んだり、優先順位をつけたりしていきたいところです。
ここで、免疫介在性皮膚疾患について少し考えてみます。例えば天疱瘡ではたしかに脱毛が認められますが、典型的なのは鼻梁部のびらんや痂疲です。その場合、果たして飼い主さんは「毛が抜けて……」という主訴で来院するでしょうか?私はそうは思いません。「鼻の上にかさぶたができていて……」という表現になる方が一般的な気がします。皮膚腫瘍も同様です。一部の皮膚型リンパ腫では脱毛のみということもないわけではありませんが、たいていはびらんや痂疲、腫瘤形成を伴いますし、主訴もそういった文言になるでしょう。「脱毛を呈する疾患」と「脱毛を主訴に来院する疾患」は、似て非なるものなのです。
この考え方は現場では結構重要だろうと私は考えています。ある症状について教科書を紐解くと、非常に多くの鑑別診断が挙げられています。しかし、それらの何割かは「その症状を起こす可能性のある疾患」であって、「その症状が主たる症状となる疾患」ではありません。飼い主さんがある症状を主訴として挙げたなら、その症状が主たる症状となる疾患を優先して鑑別したいところです。ただし、実際には飼い主さんがほかの症状を認識できていない場合もありますし、病期の違いや個体差もあるため、リストには含んでおく必要があります。ただ、優先順位は下がるのが一般的でしょう。
今回のケースでは皮膚という目に見える病変であり、見落としなどの可能性は低いと思われますので、免疫介在性皮膚疾患と皮膚腫瘍は一旦後回しにして考えることにします。
これで少しは減りましたが、まだ鑑別はたくさんあります。しかし、実はこの鑑別診断リストは、たった一つの情報で半分に絞り込めるように作ってあります。それは「痒いかどうか」です。一般的に皮膚疾患は痒みを伴いますが、内分泌疾患による脱毛やその他脱毛症は痒みを伴いません。もちろん、二次的な細菌感染等があればその限りではないので注意が必要ですが、今回のケースでは最初から「掻痒を伴う脱毛」と説明されているので、その可能性は一旦除外してよさそうです。また、病変が左右対称でないことや顔面に病変が認められていることも内分泌疾患の優先順位を下げる根拠になります。
これでぐっと減りましたが、まだ絞り込めそうです。病歴で注意したいポイントは年齢と治療歴です。まず、発症年齢が11歳と高齢です。アトピー性皮膚炎は大部分が3歳齢までに発症するとされていますので、可能性は低そうです。食物アレルギーは年齢は必ずしも関連しませんが、11歳はさすがに遅いような気がします。また、どれだけ厳密に実施したかにもよりますが、食事の変更で反応していないことから可能性は低い印象を受けます。ノミアレルギーは、一般的には腰部や尾部に病変を形成しますので、合致しません。
治療歴では、感染性皮膚疾患に対する治療を一通り試みています。これも使用した薬の種類や期間にも左右されるため絶対とは言えませんが、例えば膿皮症であれば抗菌薬の投与で多少の改善は認められてほしいところです。そう考えると、感染性皮膚疾患のいずれも可能性が低いことになります。
これで鑑別診断リストがすべて消えてしまいました。何か、もっと特殊な疾患でしょうか? それともなにかを見落としているのでしょうか?
(続きは後編へ)