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日本
動物医療コラム

犬猫の脱毛 診断推論
~臨床医の頭の中を覗き見!~(後編)

このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。

今回のケースでの落とし穴

実は、この患者さんに関してはちょっとした落とし穴があります。それが「試験的駆虫(イベルメクチンの投与)」です。これについて治療していた動物病院に問い合わせたところ、「イベルメクチン300μg/kgを2回投与した」とのことでした。疥癬であればこの治療でも改善しますが、毛包虫症の場合は用量を増やす必要がありますし、連日投与でかなりしつこく治療しないと駆除できません。つまり、鑑別診断リストの中で、実は毛包虫症だけは有効な治療が行われていないということになるわけです。なので、この段階での第一鑑別は毛包虫症となりました。

とはいえ、絞り込みには経験則も多く作用しますので、これだけバッサリと切り捨てるのは経験が少ないうちは難しいかもしれません。その場合は、もう少し高めに優先順位を保ってもかまいません。でも、実際に検査を考えるとしたらどうでしょう?皮膚に明らかな病変があるにもかかわらず、最初の検査に血液検査を選ぶのはナンセンスだと思いませんか?いずれの疾患を考えるにしても、やはりこのケースでは皮膚検査からスタートするべきだと私は思います。皮膚検査は手軽で費用もそれほど掛かりませんし、それで病気が見つかればラッキーです。そういう考え方も、臨床現場では“アリ”だと思います。

忘れてはいけない、2つ目の落とし穴

今回の症例では皮膚掻把検査およびセロハンテープ押捺試験で多数の毛包虫を検出することができたので、毛包虫症と診断することができました。また、細菌や真菌は認められず、皮膚については毛包虫のみと考えてよさそうです。しかし、これで一件落着、めでたしめでたしとはならないのが、この症例2つ目の落とし穴です。 

教科書的には、成犬における全身性毛包虫症の突然の発症はまれであり、なんらかの基礎疾患による免疫異常や免疫低下が背景にあることが多いとされています。今回のケースも12歳と高齢ですから、皮膚とは関係のない内臓の腫瘍なども含めて、しっかり確認する必要があります。その旨を飼い主さんに説明し、毛包虫症の診断をした後に血液検査によるスクリーニングとX線検査および超音波検査を実施しました。実際にはこの症例では明らかな基礎疾患は見つかりませんでしたが、もし腫瘍でも隠れていたらおおごとです。一つ診断できても安心しないこと、これも実際の臨床では重要なポイントだと思います。

終わりに

今回は最初の絞り込みがバッチリはまりましたが、いつもこう上手くいくとは限りません。上手くいかなければ間違ったポイントに立ち戻って、優先順位を下げた鑑別診断について改めて考える必要があります。それを繰り返していると、場合によってはずいぶん遠回りになることもあるかもしれません。しかし、それは結果論でしょう。合理的な判断を繰り返した結果、なかなか答えにたどり着けなかったのだとしたら、それはやむを得ないと私は考えます。ただし、途中の判断が合理的なものではなく、思い込みや決めつけから来ていた場合は別です。そして、なかなか診断がつかない場合は、えてしてそのような思い込みや決めつけが多いと私は思っています。思い込みを排除することは時に困難ですが、なるべく自分を客観視して、理にかなった選択をしていきたいものです。