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日本
動物医療コラム

集計結果公開:
初年度ワクチネーション後の抗体価測定について

このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。

2007年に最初のWSAVA ワクチネーションガイドラインが発表されて以降、科学的エビデンスに基づく犬猫の予防に関する認識は日々アップデートされています。
とくに抗体価検査は、特別な検査ではなく日常診療で活用される先生も増えているのではないでしょうか。
抗体価はワクチン接種によって誘導される液性免疫の指標となり、再接種の判断にも用いることができますが、最新(2024年版)のWSAVAガイドライン上で特に推奨される抗体価測定のタイミングは「子犬・子猫における初年度ワクチネーション後の免疫獲得の確認」です。

16週齢以上の子犬または子猫における最終ワクチン接種後4週間以降の血清学的検査結果の解釈および推奨アプローチ
血清学的検査結果の解釈および推奨アプローチのフロー図

2024 guidelines for the vaccination of dogs and cats – compiled by the Vaccination Guidelines Group (VGG) of the World Small Animal Veterinary Association (WSAVA)より引用・改変

今回はその重要性を考えるきっかけとするため、弊社にご依頼いただいた検査データから、上記の目的でワクチン抗体価を測定されたと推測される4ヶ月~1歳齢の犬と猫における抗体価の分布を調べました。

犬では、コアワクチンである犬ジステンパーウイルス(CDV)、犬パルボウイルス(CPV)、犬アデノウイルス(CAV)に対するIgG抗体価のうち、いずれか1つ以上が低抗体価となった割合は全体の10.2%(n=313)でした。

犬のCDV, CPV, CAVに対するIgG抗体価の割合を示す円グラフ

猫では、コアワクチンのうち抗体価の評価が免疫の判定になり得るとされている猫パルボウイルス(FPV)について評価したところ、IgG抗体価が低抗体価となった個体は全体の27.8%(n=169)でした。

猫のFPVに対するIgG抗体価の割合を示す円グラフ
抗体価が上昇しない場合

適切なワクチン接種を行ったのにもかかわらず抗体価が上昇しない場合、その主な原因は以下の通りです。

  • 母親由来の移行抗体によるワクチンウイルスの中和
  • その動物がノンレスポンダーである

移行抗体は、幼少期の子犬・子猫のワクチンによる抗体産生を妨げる最大の要因です。多くの犬・猫では生後12週齢までには能動免疫応答(=ワクチンに反応して抗体産生が可能となる状態)に達するレベルまで移行抗体が減弱するとされています。しかし、12週齢でコアワクチンの最終接種を行っても、免疫反応が得られないほど高い移行抗体を保持する子犬もいることが報告されており[1][2]、猫でも10~14週間移行抗体が持続する個体が存在すると報告されています[3]
ノンレスポンダーは遺伝的に抗体応答が生じない個体であり、稀ではあるものの、存在する可能性があるため、注意が必要といえます。
 

今回のデータから、日本国内の若齢犬・若齢猫の中に「免疫が十分に獲得できていない個体」が一定数存在することがわかりました。一方で、弊社にご依頼いただく抗体価検査の大半は成犬・成猫を対象としており、若齢個体の検査は全年齢の1%程度にとどまっています。
今回対象となったすべての検査が初年度ワクチネーション後の免疫獲得の確認を目的としているとは限りませんが、少なからず「ヒヤリ」とする結果ではないでしょうか。
感染リスクのある個体を確実に把握するためにも、WSAVAが推奨する通り、初年度ワクチネーション終了後の抗体価確認は、より一層普及していくべき重要な検査プロセスと考えております。

執筆:富士フイルムVETシステムズ株式会社 学術担当獣医師
監修:東京農工大学 小金井動物救急医療センター 教授 大森 啓太郎 先生

大森先生より

初年度ワクチネーションにおける最大の不確実性は、移行抗体の個体差によって免疫獲得の成否が外見から判別できない点にあります。したがってワクチン接種の完了をそのまま“免疫成立”とみなすのではなく、抗体価測定によって実際の免疫反応を客観的に確認することが重要です。とくに若齢期には行動範囲が急速に広がるため、感染リスクを正確に評価するうえでも臨床的意義は極めて高いといえます。

【今回の調査対象】
対象

富士フイルムVETシステムズにワクチン抗体価測定を依頼された4ヶ月~1歳齢の犬・猫

期間

2022年4月~2025年3月

地域

日本全国

〈参考文献〉

[1]Francey, T., Schweighauser, A., Reber, A. & Schuller, S. (2020) Evaluation of changes in the epidemiology of leptospirosis in dogs after introduction of a quadrivalent antileptospiral vaccine in a highly endemic area. Journal of Veterinary Internal Medicine, 34, 2405–2417.
[2]Thibault, J.C., Bouvet, J., Cupillard, L. & Guigal, P.M. (2016) Evaluation of the impact of residual maternally derived antibodies against canine parvovirus on the efficacy of a standard primary vaccination protocol. Research communications of the 25th ECVIM- CA congress. Journal of Veterinary Internal Medicine, 30, 438.
[3]Johnson, R. P. & Povey, R. C. (1983) Transfer and decline of maternal antibody to feline calicivirus. Canadian Veterinary Journal 24, 6-9