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今回のコラムは2026年1月に Journal of Feline Medicine and Surgery 誌に掲載された論文について、筆頭著者である北里大学獣医伝染病学研究室教授 高野友美先生にご執筆いただきました。
かつて、猫伝染性腹膜炎(FIP)は不治の病として恐れられてきました。しかし近年、FIPに対して高い治療効果を示す抗ウイルス薬が臨床で使用されるようになり、多くのFIP症例で回復が期待できる時代になっています。一方で、動物用医薬品として未承認の抗ウイルス薬をFIPの治療に用いざるを得ない現状を踏まえると、主観に頼らない客観的かつ正確な診断がこれまで以上に重要と思われます。すなわち、FIPの治療では診断の妥当性を確認したうえで、治療開始後の反応をどう評価し、治療方針にどう反映させるかがポイントになります。
FIPを疑う猫に直面したとき、獣医師が悩むポイントは次の3つではないでしょうか。①診断の妥当性(この猫は本当にFIPなのか?)、②治療に対する応答(抗ウイルス薬は効いているのか?)、③治療の継続期間(どこまで投薬し続けるべきか?)です。とりわけ②と③については、評価指標が十分に整理されていないのが現状です。そこで本研究では、治療反応の評価指標として、ウイルス遺伝子量と血液所見に注目し、これらの関連を検討しました。
本研究は後ろ向き研究であり、一次診療施設における再現性を考慮して、FIP診断の確実性が担保されやすい滲出型FIP症例のみを対象としました。FIP診断は欧州猫病諮問委員会(ABCD)のガイドラインを参考に実施しました。具体的には、臨床症状・画像検査・血液検査・腹水細胞診においてFIPを疑う所見が認められ、かつ腹水からウイルス遺伝子(本研究では猫コロナウイルスN遺伝子)が検出された猫を滲出型FIPと判断しました。
治療開始後の反応を評価するため、対象猫15頭を、①治療開始後2週間以内に死亡した猫(無反応群)、②治療開始後2週間を経過しても血中ウイルス遺伝子が検出された猫(低反応群)、③治療開始後2週間の時点で血中ウイルス遺伝子が検出されなくなった猫(高反応群)の3群に分類しました。本研究の主旨(治療開始後の反応評価)に基づき、解析では無反応群と低反応群をまとめて「治療反応不良群」、高反応群を「治療反応良好群」として比較しました。
まず、治療開始時(投薬前)のウイルス遺伝子量を2群間で比較しました。その結果、治療反応不良群では、腹水および血液のいずれにおいてもウイルス遺伝子量が有意に高値を示しました。これは、臨床現場で「おそらくそうであろう」と考えられてきたことを、客観的なデータとして明確に示した結果といえます。
参照 Takano et al. 2026. J Feline Med Surg, 28(1).
次に、各血液マーカーと治療反応性の関係を検討しました。治療反応不良群では、総タンパク質(TP)、グロブリン(Glb)、乳酸脱水素酵素(LDH)が有意に高い傾向を示しました。一方、アルブミン(Alb)と総ビリルビン(T-Bil)は2群間で有意差を認めませんでした。FIP診断の補助にしばしば用いられる血清アミロイドA(SAA)については、治療反応良好群よりも治療反応不良群でむしろ低値を示す個体が多いという、やや意外な結果が得られました。この結果について、私たちは、「治療反応不良群では炎症が慢性化していたので急性炎症の指標とされるSAAが低下に傾いていた可能性がある」、と推察しています。言い換えると、「炎症反応が長引いている個体では抗ウイルス薬に対する治療反応が鈍い傾向がある」、と言えます。
参照 Takano et al. 2026. J Feline Med Surg, 28(1).
さらに、血清タンパク分画と治療反応性の関係も検討しました。興味深いことに、上述の一般血液マーカーと比べると、血清タンパク分画では治療反応性の異なる2群間でより明瞭な差が認められました。具体的には、Alb・α1-Glb・α2-Glb・β-Glb分画は治療反応良好群で有意な高値を示したのに対して、γ-Glb分画は治療反応不良群で有意かつ明らかな高値を示しました。γ-Glb分画はFIP診断の補助指標として知られていますが、本研究の結果から、γ-Glb分画は診断にとどまらず治療反応性や病態の重症度を反映する指標となり得る可能性が示唆されました。
参照 Takano et al. 2026. J Feline Med Surg, 28(1).
治療開始時における血液の猫コロナウイルス遺伝子量と血清パラメータの関係を解析したところ、血清タンパク分画は治療反応性の異なる群を比較的明瞭に識別しました。これらの分画は、他の血液指標に比べて治療反応性の違いを示しやすい指標である可能性が考えられました。こうした指標の解釈をより確かなものとするため、治療経過に伴う変化についても併せて検討しました。
参照 Takano et al. 2026. J Feline Med Surg, 28(1).
治療開始後の血液マーカーおよび血清タンパク分画の経時的変化を両群で比較したところ、TPおよびGlbはいずれも全期間を通して治療反応不良群で高値を示し、群間差は治療後も明確に維持されました。一方、SAAは両群とも治療開始後早期に急速に低下し、臨床症状の改善と一致する動きを示しました。血清タンパク分画の解析では、α1-Glb・α2-Glb・β-Glb分画の群間差は治療の進行とともに不明瞭となったのに対し、γ-Glb分画は治療反応不良群で高値が持続しました。これらの結果から、臨床症状や炎症マーカーが早期に改善した場合であっても、免疫学的異常は長期間残存する可能性があり、治療反応性の評価においては、血清タンパク分画の経時的変化を併せて解釈することが重要であると考えられました。
参照 Takano et al. 2026. J Feline Med Surg, 28(1).
本研究の結果は、FIPの発症そのものを予測する指標というよりも、FIPが成立した後の病態活動性や治療反応性を評価するうえで、血中ウイルス量(猫コロナウイルスN遺伝子量)や血清タンパク分画が有用であることを示しています。すなわち、FIPを単なるウイルス感染症として考えるのではなく、個体ごとの免疫応答の違いが治療経過に強く影響する免疫炎症性疾患として理解し、ウイルス動態と血液所見を組み合わせて総合的に評価していくことが重要と考えられます。
2008年 北里大学大学院獣医畜産学研究科博士課程修了
同年 北里大学獣医伝染病学研究室に助教として所属
2011年 北里大学講師
2016年 北里大学准教授
2020年 北里大学教授
専門は獣医感染症学・ウイルス学であり、猫伝染性腹膜炎(FIP)を中心に、猫や犬のウイルス感染症を研究している。現在は獣医学教育を主な活動の場としつつ、これまでの教育経験および研究成果を生かして、臨床獣医師や一般向けに動物のウイルス感染症に関する正しい知識の発信にも取り組んでいる。





