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日本
動物医療コラム

飼い主をクレーマー化させない
対応方法と心構え(前編)

このコンテンツは獣医療従事者向けの内容です。

基本となる視点

これまで多くの獣医師と飼い主とのトラブルを見てきましたが、その多くは双方の間に生じたコミュニケーションギャップや、飼い主が求める内容と獣医師が提供する内容とのすれ違いによって生じています。その構造を説明します。

飼い主にとっての動物病院の価値とは

動物病院に限らず、多くの医療機関では、その価値について「医療水準」や「治癒」といった「結果」の供給に重きを置きますが、飼い主(患者側)にとっては医療機関に求める、つまり需要する価値は「結果」+「経緯」です。この「経緯」には診察室で過ごす時間だけでなく、動物病院の外観や、入り口での声掛けの有無や声のトーン、受付スタッフの笑顔の有無や声のトーン、待ち時間の有無や長さ、診察室に入った際の挨拶の有無や説明の仕方、会計から帰るまでの対応良し悪しという一連の流れ全てが含まれます。この供給と需要のギャップを埋めることは、単にクレームを減らすだけでなく、飼い主の満足度をアップさせ集患にも良い影響があります。
このように、動物病院の価値とは、

価値=「結果」+「経緯」であり、ときには結果<経緯すらある。

ということをご理解ください。

飼い主の状況は変えられなくとも認識は変えられるかを考える

診察室への入室前後の接遇については別途専門家の指導を受けることを検討いただきたいですが、待ち時間に関しては、たとえ客観的な事情を改善できなくても、「情報を提供する」という意識を持っていると飼い主の受け止め方を変えることができます。

たとえば、「あと○○分ほどかかりそうです。ご用事があれば済ませてきても構いません。お戻りになりましたら優先してご案内します。」や、「ただいま急患の対応中で、緊急事態です。恐れ入りますがご理解いただけますと幸いです。」→「おかげ様で適切な対応ができました。ご協力に感謝いたします。」といった声かけをするだけでも、飼い主の認識は「ないがしろにされている。忘れられているのではないか。」→「こちらの事情に配慮してくれた。」に、「後から来た飼い主を優先した。」→「自分も急患を助けることに協力できた。」といったように転換することができ、トラブルの芽をある程度解消することが出来ます。

飼い主との接し方について(医療事故前)

接し方にはいくつかのパターンがありますが、それらを状況に応じて使い分けるということが飼い主と良好な関係を築きながら獣医師自身の時間を効率的に使うことにつながります。

1. 治療方針が明確でリスクも低い場合→説明+やや誘導して同意をとる

この場合は、類型的に紛争化する可能性が低いので、必要な説明を行った上で、「これでよろしいですね。」という説得まではいかないが軽い誘導を交えながら同意をとる方法をお勧めします。

ただしこのような場合でも、飼い主が細かいリスクを気にしたり、理解が不十分な場合には注意が必要です。そういったときには、獣医師の説明の後にいったんコメディカル(愛玩動物看護師やスタッフ)に引継ぎ、話を傾聴してもらうなどの工夫をすると良いでしょう。

2. 治療方針に複数選択肢がある、または、リスクが高い場合→同意書を用いた説明+寄り添い+決定を促す(決定しないことにリスクがある場合にはそれも告げる。)

手術と内科的治療又は対症療法という選択肢や、既往症により全身麻酔の危険性が通常よりも高まるような場合などが該当します。このような場面で「医学的に正しい説明」だけを行っても、

  1. そもそも感情的に混乱しているタイミングでは飼い主が難しい医学的内容を理解できない
  2. 飼い主が求めているのは医学的な正しさ(結果)だけでなく、決断に至るまでのコミュニケーション(経緯)である

ということから十分に伝わらないことがあります。

よって、このような場合にはリスクを適正に説明するのはもちろんですが、リスクを飼い主に押し付けるだけでなく、「獣医師もともに頑張っていく」という姿勢を示す同意書を利用して説明しつつ、飼い主の不安な気持ちに寄り添い、傾聴しつつも最終的な決定を促す、という姿勢が必要です。これが先ほどお伝えした「経緯」の重要部分となります。ポイントは「同意書」、「傾聴」、「決定を促す」です。

「同意書」については、そもそも同意書を取られていない場合はそれだけで飼い主の不信感を招くことがあります。多くの飼い主が、「人ではあれほど多くの同意書を取るのになぜ動物では取らないのか。それだけで不信感が生まれる。」と言います。

また、同意書があったとしても、形式的な同意書、たとえば「一切の責任を追及しません」や「必要な説明を受けました」といった内容の同意書では、

  1. 飼い主が何を説明されたか理解する助けにならない
  2. 飼い主からしたらリスクを押し付けられただけのように感じる
  3. 裁判で説明した内容まで立証することが出来ない

という意味において実効性がありません。

よって、疾患の種類や行われる手術の内容に応じた同意書を利用し、書面やメールの形で飼い主に渡すことが重要です。書面やメールにしておけば、説明時に同席できなかった他の家族にも説明内容を共有することができ、伝言ゲームになって獣医師の説明内容が他の家族に正しく伝わらないという問題を回避できます。また、しっかりとした同意書を渡すこと自体が飼い主の信頼感の醸成につながります。
「そんな同意書はないしメールも送れないよ。」とお考えの方はオンライン同意書システムを当事務所(弁護士法人フラクタル法律事務所)が開発しましたので、導入をご検討ください。

「傾聴」については、先生方も常日頃ご苦労されている点ですが、獣医療コミュニケーションについて講演を行っている有明動物病院の伊藤優真先生によれば、まず2分間黙って飼い主の話を聞くことが大切だそうです。その後飼い主の言っていたことをゼロベースで説明しても良いので、飼い主が話し始めたらまず2分間だけ聞いてみるということを心がけてください。動物の為に適切な問診を早く行い、診察をしたくなるお気持ちもわかりますが、黙って話を聞くこと自体が、飼い主にとっての「経緯」にプラスのポイントが入っていると考えてみてください。

「決定を促す」については、

  • 「どんな方針であっても飼い主が決めたことがこの子にとっての正解である」というメッセージを伝えること。
  • 「依存はさせないが、一緒には考える」という距離感を持つこと。
  • 「どんなに飼い主が間違った方向でのエビデンスを欲していても、医学的に適切ではないことは間違っていると指摘しつつ、でも飼い主が間違いだと理解した上で希望するならそれも選択肢の一つである」ことを示す。

という専門家としての立場と動物好きの仲間としての立場を適宜明示しつつ使い分けることを意識してください。羊飼いのようなイメージです。

強制はしないが、間違った方向に行こうとしたら、そこでは必要最小限の力を行使する。という感覚です。また、獣医師にとっては何千件もあるうちの1件であるとしても、目の前の飼い主にとっては初めての体験であるという意識を常に持ってください。

そのうえで、飼い主の悩みに寄り添う言い換えも有効的です。
以下の言い換え例を参考に、ご自身のキャラクターに合わせて使ってみてください。

飼い主の悩みに寄り添う言い換え例
言い換え前 言い換え例
「悩んでいるのですか?」 「悩みますよね、難しいですよね。どんなところが気になっていますか?」
「早く決めないとリスクが高まります。」 「悩みますよね。もちろん決断しないというのもある意味選択になります。ただ、私が出来ることは時間が経つと少なくなってしまいます。不安に思っていることを聞かせてください。」
「もう長くはないです。」 「ごめんなさい、プロとしてお伝えしなければならないのですがこの子に残された時間は長くありません。この子と○○さんが過ごす一日一日、一時間一時間が貴重な時間となっていますので大切に過ごしてあげてください。その時間を少しでも長くする可能性としては○○があります。」

【2026年1月/文責:弁護士法人 フラクタル法律事務所 弁護士 田村勇人(東京都獣医師会・横浜市獣医師会・千葉県獣医師会顧問弁護士)】