富士フイルムビジネスイノベーション

世界中の多様な環境で安定した印刷品質を届けるために。日本画像学会年次大会で発表したシミュレーション技術への挑戦

#AI技術
#商品開発
壇上の榊さん

2026年6月10日から12日にかけて、東京科学大学で第137回日本画像学会年次大会が開催されました。日本画像学会は、画像形成や印刷、材料、シミュレーションなど、画像技術に関する研究者や技術者が集う学術団体です。富士フイルムビジネスイノベーションも理事や委員として学会活動に参画しており、研究成果の発信や技術交流を通じて、画像技術分野の発展に貢献しています。

今回の年次大会では、富士フイルムビジネスイノベーション デバイステクノロジー事業本部 基盤技術開発部の榊が、「データ同化サロゲートモデルを用いた定着器制御パラメータの最適設計」をテーマに研究成果を発表しました。世界中で利用される複合機には、地域や環境の違いを超えて安定した品質が求められます。その実現に向けて、開発現場ではどのような課題に向き合い、どのような技術開発が進められているのでしょうか。長年にわたり定着技術やシミュレーション技術の研究開発に携わってきた榊に、研究の背景や技術的な挑戦、そして今後の展望について話を聞きました。

榊 茂之さん

榊 茂之

Shigeyuki Sakaki

富士フイルムビジネスイノベーション
デバイステクノロジー事業本部 基盤技術開発部

2012年に富士ゼロックス(旧社名)へ入社。AI、自然言語処理技術の研究開発を経て、プロダクション向けインクジェットプリンターの新規乾燥機開発、プリンター内部現象のシミュレーション技術開発に従事。現在は、プリンターの状態検知技術開発や、開発プロセスの効率化に向けたDX・AI技術の研究開発を担当している。

品質を支える研究開発の歩み

複合機と榊さん

複合機を利用するお客さまが目にするのは、印刷された最終的な成果物です。しかし、その品質を支えているのは、目には見えない数多くの研究開発の積み重ねです。

今回発表を行った榊は、長年にわたり定着技術やシミュレーション技術の研究開発に携わってきました。入社後は自然言語処理の開発を担当した他、プロダクション向けインクジェットプリンター関連の技術開発にも従事し、現在は複合機の開発に関わっています。榊がシミュレーション技術に興味を持った背景には、商品開発の複雑さがありました。

「複合機やプリンターの中では非常に多くの現象が起きています。実験だけで最適な設計を見つけるのは難しく、シミュレーションや統計的なデータ分析を活用することで、どのような設計が良いのかが見えやすくなります。インクジェットプリンターの開発に携わっていた頃から、その可能性を感じていました」

特に近年は、商品開発のスピード向上と品質向上を両立するため、実験だけに頼らない開発手法の重要性が高まっています。榊も、若手時代からシミュレーション技術を活用した設計・開発の可能性に着目し、より効率的な商品開発を実現するための研究に取り組んできました。

世界中で同じ印刷品質を実現するために

富士フイルムビジネスイノベーションの複合機は、世界中のさまざまな地域で利用されています。しかし、利用環境は国や地域によって大きく異なります。例えば、使用される用紙の種類や厚み、表面状態はもちろん、温度や湿度といった環境条件も印刷品質に影響を与えます。日本では問題なく印刷できる条件でも、別の地域では異なる結果になることがあり、グローバルで商品を展開する企業にとっては大きな課題となっています。そのため開発現場では、多様な利用環境を想定しながら設計を進める必要がありますが、品質を維持するためには、検証すべき条件が飛躍的に増加します。

富士フイルムの複合機

定着品質に関わるだけでも、温度、圧力、用紙条件など多くのパラメータが存在し、その組み合わせは膨大です。すべての条件を実機実験で確認しようとすると、多くの時間とコストが必要になります。また、開発後半で問題が見つかった場合には設計の見直しが必要となり、開発全体に大きな影響を与えることもあります。

定着器開発の課題と目的
電子写真技術における定着プロセス

「世界中で安定した品質を実現しようとすると、考慮しなければならない条件が非常に多くなります。用紙だけを見ても種類が多く、それぞれ特性が異なります。市場を広げれば広げるほど、設計上考えるべきことは増えていきます」

こうした課題に対し、榊はシミュレーション技術を活用しながら、開発の早い段階で品質を予測し、効率的に設計を進めるための研究に取り組みました。

「開発現場では、限られた人数でより効率的に商品開発を進めることが求められています。品質を維持しながら開発効率を高めるためには、新しい設計手法が必要だと考えていました。今回開発したシミュレーション技術の適用により、従来発生していたトラブル対応工数を半減、定着設計工数を約20%削減できる見込みを、開発段階で試算しました」

データ同化サロゲートモデルが切り拓く新たな品質予測

今回発表した研究では、「データ同化サロゲートモデル」を活用した品質予測技術に取り組みました。複合機の定着品質を評価する際には、温度や圧力、用紙条件など、多くの設計パラメータが関係します。これらの組み合わせをすべてシミュレーションや実験で確認することは容易ではなく、効率的に品質を予測できる仕組みが求められていました。

そこで研究では、まずシミュレーション結果を活用して「サロゲートモデル」を構築しました。サロゲートモデルとは、多数のシミュレーション結果を学習し、新たな条件に対する結果を高速に予測するモデルです。本来であれば多くの時間を要するシミュレーションを効率化しながら、開発初期段階で品質を予測できるようになるため、設計検討のスピード向上につながります。しかし、シミュレーションだけでは現実の挙動を完全に再現することはできません。

サロゲートモデル
サロゲートモデルによる効率化の例

「プリンターの中では、熱や力学、材料特性など、さまざまな現象が同時に起きています。さらにトナーが紙に定着する過程には複数の要素が関係しているため、すべてをシミュレーションで再現するのは非常に難しいのです」

そこで今回の研究では、実験データを活用してモデルを補正する「データ同化」を導入しました。シミュレーションによる予測と実験結果を融合し、サロゲートモデルの予測精度をさらに高めたものが「データ同化サロゲートモデル」です。

「シミュレーションだけでは再現できない部分を実験データで補いながら予測精度を高めていく。それが今回の研究のポイントです」

定着データ同化サロゲートモデルの構築プロセス
今回構築したデータ同化サロゲートモデル

開発の効率化と品質向上の両立へ

複合機をタッチパネルで操作

今回の研究成果は、複合機開発における品質予測の高度化につながることが期待されています。従来は試作と評価を繰り返しながら品質を確認していましたが、開発の早い段階で品質を予測できるようになれば、設計段階で課題を発見し、より効率的に対策を検討できるようになります。その結果、試作回数の削減や開発期間の短縮だけでなく、設計の手戻り削減や品質向上にもつながることが期待されます。

また、グローバルで共通プラットフォーム化が進む中、多様な用紙や利用環境への対応は今後さらに重要になっていきます。今回の研究は、そのような将来の商品開発を支える基盤技術としても大きな可能性を持っています。この技術は、お客さまから直接見えるものではありません。しかし、世界中のユーザーに安定した品質を届けるためには、このような基礎研究やシミュレーション技術の進化が欠かせません。品質を支える見えない技術への挑戦は、これからも続いていきます。

日本画像学会での発表を通じて

壇上で発表する榊さん

榊は今回、日本画像学会年次大会で研究成果を発表しました。日本画像学会には複合機やプリンター関連の研究者・技術者が多く参加しており、企業や大学の垣根を越えて議論できる場となっています。

「画像学会には複合機関連の技術者も多く参加しているため、同じような技術課題に取り組んでいる方々と深い議論ができます。今回も非常に鋭い質問や意見をいただきました。そうした技術交流も学会活動の大きな意義だと感じています」

世界中で同じ品質を実現する。その挑戦を支えているのは、お客さまからは見えない研究開発の積み重ねです。今回発表されたデータ同化サロゲートモデルも、その一つ。より効率的で高品質な複合機開発を支える基盤技術として、今後の展開が期待されます。

打ち合わせをする榊さん
会場での榊さん