このコンテンツは医療従事者向けの内容です。
院長 菅原 英和 先生
ワイヤレス超音波画像診断装置iViz air(ポータブルエコー)を活用した事例の紹介。
リハビリ専門医の初台リハビリテーション病院 菅原英和先生に、痙縮治療のボツリヌス注射におけるiViz air活用についてお話を伺いました。


現在、東京都渋谷区の初台リハビリテーション病院で院長を務めています。
当院は、回復期リハビリテーション病棟と外来、訪問におけるリハビリテーションを提供しています。患者さんの年代は、下は10歳未満から上は90代まで幅広く、脳卒中や脊髄損傷により、さまざまな後遺症の障害を患っており、30~40%の方は「痙縮(けいしゅく)」を合併しています。
痙縮とは、筋肉が過度に緊張してしまう運動障害なのですが、その治療に効果的なのが「ボツリヌス治療」です。痙縮した筋肉に注射をすることで、3か月程度筋肉の緊張を和らげる効果があります。当院では年間約200件のボツリヌス治療をしており、その際に活用しているのが、ワイヤレス超音波画像診断装置iViz airです。
私がボツリヌス治療を始めたのは10年前の2010年、上下肢の痙縮の治療が保険適用になった年です。これまで解剖学を学び、筋肉の配置は頭に入っていたものの、実際に患者さんを前にすると教科書通りにはいかないことを思い知りました。
そこでエコーを使用し、ターゲットの筋肉をはじめ、誤って刺してはいけない血管や神経の位置を入念に確認するようになりました。このように、ボツリヌス治療におけるエコーのメリットの一つは、あらかじめ体内の構造を脳内にて三次元でイメージできる点です。
実際にボツリヌス注射をする際は、エコーで筋肉の位置を確認した後、「神経電気刺激装置」を使用します。この装置で電気刺激しながらポール針という特殊な注射針を筋肉に刺入すると、「ピクッ」と筋肉の収縮が起きて、確実に挿入されたことがわかります。
理想的には、1人がエコーを当てながら、もう1人が神経電気刺激装置を使用し、2人体制でボツリヌス注射を実施するのが確実性が高いのですが、実際には1人で実施する場合も多く、その場合には神経電気刺激装置のみで処置をすることもあります。
もし、エコーや電気装置を使用せずに触診のみでボツリヌス注射を実施した場合、最も難易度の高い後脛骨筋の場合、刺入の成功率は11%と言われています。つまり、10回打っても1回しか成功しないということです。該当箇所ではない筋肉に注射してしまうと、目的の筋肉は緩みませんし、血管を傷つけると内出血が、神経を傷つけると末梢神経の障害が起きてしまいます。また、ボツリヌス注射は、1本につき約3万円する高価なもの。患者さんの健康面と経済面においても、「正確に入れること」が医師には求められます。
ボツリヌス治療をした患者さんの中で、印象的だった方の事例を紹介します。2013年、脳梗塞を発症し、左片麻痺になった40代の会社員男性が来院しました。左手の「握り込み」があり、物をつかむことができない状態でした。そのため、左手(長母指屈筋・深指屈筋・浅指屈筋)にボツリヌス注射をし、親指と人差し指を動かせるようにした後、「つまみ動作」のリハビリを繰り返しました。
この男性の利き手は右手で、右手は正常に動かすことができました。利き手が使える場合、つい動かせる手ばかり使ってしまう人もいます。しかしながら、動かない方の手を意識的に使わないと、ますます動かなくなる悪循環に陥ってしまうこともあります。生活場面で、できるだけ動かない方の手も使う心がけが、痙縮の進行を防ぎます。
この男性は意識的に親指と人差し指を動かすように心がけた結果、数か月後には左手でティッシュペーパーをつまめるまでに回復をしました。パソコンのシフトキーも少し押せるようになり、本人は非常によろこばれていました。
たとえわずかな進歩だったとしても、0か1かは大きな違いです。患者さんの中には、日常生活に戻ると筋肉が固くなってしまい、2回、3回とボツリヌス注射をする方もいるのですが、この男性は1回の注射で終了しました。
ボツリヌス注射におけるエコー活用は他にもあります。一つは、ボツリヌス注射をする際に、刺入位置から目を離さずに画像を確認できることです。通常のエコーの画面は、刺入位置の近くには置けません。そのため、刺入位置と画面を確認するために、毎回首を振ることになり、施術に時間がかかります。
iViz airの場合だと、刺入位置近くに画面を置くことができるため、同じ姿勢のまま、首を降らずに目線だけ変えるだけで対応できます。これは術者にとってメリットだと感じます。
もう一つは、簡単に持ち運びができること。勤務中、私は外来の患者さんを診察しに外来室へ、入院患者さんの回診をしに病棟へと、病院内を慌ただしく動き回っています。iViz airは軽量でコンパクトなため、ポケットに入れたまま身軽に動くことができ、必要な時にその場ですぐに使用することができます。そのため、エコーのバッテリー駆動時間は大事なポイントです。さらに、特別な調整をしなくても一定以上の画質が安定的に得られることも重要と考えます。
iViz airはリハビリ下で「嚥下の筋肉」を確認する際にも活用できる可能性があると考えています。現在、嚥下の訓練は言語療法士が担当しています。研究レベルでは、iViz airを喉に当て、筋肉の動きを測定しているのですが、まだ一般的ではないのが現状です。今後、このようなポータブルエコーがさらに普及すれば、もっと気軽に活用できるのではと思います。
訪問診療においても、ボツリヌス治療をするドクターが増えてきています。在宅診療にはサイズが大きいエコーを持っていけないので、iViz airのニーズはあるでしょう。リハビリ専門医ではなくても、解剖学の知識などを勉強していくことに加え、iViz airを使いこなせればボツリヌス治療が可能になると考えます。
また、ポータブルエコーの使用時、皆で画面を共有しながら進められることも利点です。前述の電気刺激の場合、針を持っている術者しか感覚がわかりません。習熟したドクターの針先の動きがどうなっているか、それを確認する教育的な用途としても有用と考えます。
実は、私は元々、外科医を目指していました。リハビリに興味を持ったきっかけは、研修医時代にリハビリテーション科で研修経験をしたことです。それまでは、中枢神経に障害を負ったら、一生寝たきりだろうとの先入観を持っていました。それが、リハビリによりかなり回復される患者さんがいることを知ったことで興味を持ち、卒業後、意を決して専門分野を変更しました。
今や入局して25年ほど経ちましたが、回復期の入院だけで、すべてのリハビリテーションを完結させるのは難しいことを痛感しています。退院後に新たな課題が見つかる場合もあり、そうなったら専門職と二人三脚で乗り越えていく過程は必要です。そう言った意味では、外来リハビリや退院後のリハビリをはじめ、訪問リハビリや通所リハビリとうまく組み合わせ、治療することが重要になります。一連の過程のなかで痙縮がリハビリ進行の阻害因子となることも多く、正しく適切な治療をするためにも、体の内部を可視化できるエコーを活用していきたいと考えます。