「世界に通用する強い馬づくり」を目指し、徹底した個体管理や技術の向上に取り組むノーザンファームの調教施設で、主に関西所属馬を中心に入厩前*の調整、リフレッシュ等を行うノーザンファームしがらき。競走馬の健康診断として定期的な血液検査を行う理由や具体的な効果などについてお話をうかがった。
- * ウマなどが厩舎(きゅうしゃ)に入る前の準備期間や状態のこと
ノーザンファームしがらき
獣医師 鶴町 貴史 先生
獣医師 成富 麻純 先生

成富 麻純 先生(左) 鶴町 貴史 先生(右)
鶴町先生 当ファームは関西競馬の最前線として、主にJRA日本中央競馬会の栗東トレーニング・センターに入る競走馬がレース前の最終調整やレース後の回復等を行う施設です。ファーム内にある14厩舎410馬房は、レース前後の競走馬が入れ替わりを繰り返しながら、常時ほぼ空きがない状態で稼働しています。
成富先生 3名の獣医師が現場の業務を担当し、具体的には各厩舎から依頼を受けて行う診察・治療、トレーニング後の乳酸採血等に加えて、獣医師でもある場長を含めた数名で定期的に各厩舎の全頭チェックを行っています。全頭チェックでは、ウマの健康状態やコンディションをさまざまな観点から確認・把握しながら、今後の調教やレースに向けた検討を行います。
鶴町先生 一般的な獣医療では「病気を治す」ことがメインになりますが、われわれの役割は多岐にわたります。ファーム全体の目標である「世界に通用する強い馬づくり」に向けて、人でいうスポーツドクターのような役割を担い、予防医療にも非常に力を入れています。
鶴町先生 ノーザンファームでは、生まれたばかりの仔馬も多い北海道の牧場を中心として、長年にわたり血液検査を活用してきました。その中で、私が信楽に異動し、よりレースに近い環境の信楽で、客観的な指標の一つとして血液検査が有用ではないかと考えて導入しました。それ以来、10年以上にわたって1カ月に1回、全頭の血液検査を実施しています。われわれは全頭の健康状態を日々チェックしていますが、ウマの身体所見には個体差があり、見た目に問題はなくても見えない疲れ等を抱えている可能性もあります。定期的な血液検査は、そうした“見えない変化”を捉えて早期に対応していく上では欠かせないものだと実感しています。
鶴町先生 当初から利用していた検査機関が動物向けのサービスを終了したため、新たな依頼先を比較検討することになりました。その際に、費用面などでメリットを感じて、富士フイルムの動物検体受託検査サービスの利用を決めました。
成富先生 1カ月に1回の健康診断では、約400頭の全頭について筋肉系や慢性疲労に特化した項目としてAST、CK、BUN、Cre、γ-GTPの検査を行い、異常値が出た場合は2週間後に再検査を行います。2025年は全体で約4,800件の血液検査を行いました。それ以外に、熱発等での単発の検査や細菌検査、気管洗浄液等の細胞診も依頼しています。競走馬では運動性肺出血という疾患が多く、レース結果に影響するといわれています。その原因の一つに肺の中の炎症が関与していると言われており、気管洗浄液の細胞診を依頼して細菌の有無、好中球の上昇などを検査した上で、吸入薬を処方するなど定期的にチェックしています。
成富先生 運動後に、労作性横紋筋融解症(スクミ)を起こすケースがあります。血液検査ではCKとASTが上昇しますが、症状の改善に伴って先にCKが下がり、少し後にASTが下がるのが通常です。その際、ASTの異常値が長く続いていれば、歩様の違和感等の症状が出ていなくてもまだ筋肉が完全に回復していない状態だと分かります。さらに、ASTが高い状態のままで通常の調教を続けていくと、疲労の蓄積がγ-GTPの異常高値として表れ、そうなると回復までに数週間から数カ月かかってしまうこともあります。厩舎の方々は血液検査の数値だけで調教やレースの出走を決めるわけではありませんが、数値とウマの状態を常に把握しておいてもらうことが重要で、それによって人の感覚とデータをすり合わせることもできますし、より迅速かつ適切な対応につなげられると思います。
鶴町先生 γ-GTPはオーバートレーニングの状態把握だけではなく肝機能の異常や胆石の検出につながった症例も過去にはあり、定期的な血液検査は筋肉系以外の異常の早期発見にも役立っています。
鶴町先生 手間も費用もかかるものなので、ウマの状態を客観的に評価し、その結果をウマに携わるスタッフ全員で共有した上で、定期的な血液検査の結果をどのように活用していくのかを考えておくことが重要だと思います。
鶴町先生 現場の状況はさまざまなので、幅広い現場で使い勝手のよい装置・サービスの開発に期待すると同時に、将来的には人からの流用ではなく動物専用に開発した装置等の提供にも期待しています。














