【後編】ABWを形だけで終わらせない。富士フイルムビジネスイノベーションが目指す「進化し続けるオフィス」の裏側

富士フイルムビジネスイノベーション(以下、富士フイルムBI)は、「新しい働き方の可能性を探る実験場」としてパイロットオフィスを導入しました。これまで豊洲、西新宿、六本木のオフィス改革を進めてきましたが、パイロットオフィスによるPoC(新しいアイデアや技術が機能するかを本格的な開発・導入前に小規模に検証するプロセス)は初の試み。
いかにして社員の意識を変え、部門や組織の垣根を超えたコミュニケーションを根付かせていくのか。ABW(Activity Based Working)の本質をどう伝え、“クロスクリエーション”を自然と生み出していくか。
前回に引き続き、運用で見えてきた課題や手応え、PoC後に見据える未来のオフィス体験について、プロジェクトメンバーの3名に話を聞きました。
※2026年3月31日時点の情報で作成
オフィス改革の裏側TalkをYouTubeで配信中
Cross Talk「オフィス改革の裏側 Featuring ゲンスラー」を配信中!プロジェクトメンバー3名の熱い思いを、ぜひご覧ください。

中村 美穂
Miho Nakamura
ゲンスラー シニアアソシエイト/デザインディレクター

荒木 康晴
Yasuharu Araki
富士フイルムビジネスイノベーション 総務部 部長
1993年に富士ゼロックスに入社し、2018年まで営業領域を担当。2018年下期から秘書室長を務め2021年より総務部長に就任。総務機能の強化や多岐にわたる施策を推進するとともに、働き方改革や安心・安全に働ける環境づくり、組織力の向上に注力。2024年からは横浜みなとみらい事業所のオフィス改革プロジェクトも統括。

村上 順一
Junichi Murakami
富士フイルムビジネスイノベーション R&D企画管理部 部長
1993年に富士ゼロックスに入社。入社後は技術開発を中心に経験を積み、2012年以降はデバイス開発本部の組織運営や戦略立案を担当。2020年から品質保証部長として商品安全・品質改善の推進に携わり、2024年よりR&D企画管理部長に就任。技術戦略やリソース計画、外部パートナー戦略の策定・推進に注力。2024年からは横浜みなとみらい事業所のオフィス改革プロジェクトも統括。
目次
「新しい働き方の可能性を探る実験場」。パイロットオフィス運用で見えてきた手応えと課題
── 今回のプロジェクトでは「パイロットオフィス」という形で、実際に社員が体験するという取り組みをされていましたが、その狙いを教えてください。
中村 従業員の皆様の働きやすさを追求すると同時に、新しい働き方の実現に向けて、どのように設計を進めていったらいいのかを確認するためにパイロットオフィスを提案させていただきました。
「新しい働き方の可能性を探る実験場」という位置づけで、最終形のオフィスをつくる前に、社員の方に実際にレイアウトや過ごし方を体感いただき、そこで得られた定量データや意見を収集・検証し、あまり活用されなかったエリアはアップデートするなど、オフィス設計に反映させていくアプローチを採用しました。

全員に体験してもらうために。玉突き計画から現場×マネージャーの意見の食い違い…… 苦汁をなめたPoCエピソード
── パイロットオフィスのPoCフェーズを実施していくなかでの印象的な出来事や失敗談などがあればお聞きください。
荒木 社内に理解者を増やすために、朝と昼の時間帯に総務メンバーがチラシを配布したりオフィスツアーを実施したり、ガイドブックを作成したりと地道な活動を積み重ねていました。社長からは「パイロットオフィスでしっかりしたものをつくり、全員が体験することが大切だ」というメッセージが出ており、経営の強い意思を汲み取った形で環境を用意し、多くの社員に使ってほしいという思いがあったんです。
それを受けて、総務メンバーもさまざまな施策を考え、全員が参加できるように全力で取り組んでくれました。しかし、パイロットオフィスのPoCを実施するには、2フロアを空ける必要があり、先に進むためには一部の社員の方々に別フロアへ移動していただかなければなりませんでした。
5,000人規模の事業所の中で限られたスペースしか確保できない状況でしたので、プロジェクトチーム全員が各フロアを回りながら、順番にパイロットオフィスへの移動をお願いするなど、本当に大変だったことを覚えています。

村上 あの「玉突き計画」は本当に壮絶でしたね……。
11/12階を先行リニューアルする際には、将来より良い働き方を実現するために必要なステップだと考えながらも、そこで働いていた社員の皆さんに一時移動をお願いするなど、常に「申し訳ない」という葛藤がありましたね。
また、開発現場はABWに対して、最初は懐疑的な意見が多くありました。というのも、従来の開発スタイルが役割を細分化し、短期間で大量の商品を効率的に作り上げるものだったため、「個々人の固定席で集中作業する方が適している」という意見が大半だったからです。しかし今後は、これまでにない新しい価値を多くの人と連携しながら開発していく体制への転換が必要で、そのためには流動性のあるABWが不可欠だと判断し、覚悟を持ってPoCに取り組んだのです。
当初、R&D部門ではABW導入に対して賛否が半々でした。現場の社員からは好意的な意見が多く寄せられましたが、マネージャー層からは「部下の姿が見えづらいため管理が難しい」といった懸念の声も出ていたんです。
── PoCを通して見えてきたことや気づきは何かありますか?
村上 実際にPoCを始めたところ、働くシーンによって場所を使い分けられる点については若手メンバーから非常に評判が良かったのですが、マネジメント層からは部下にすぐ声をかけられる場所にいてほしいという要望も挙がりました。そのため、次のフェーズではフリーアドレスを維持しつつも、グループ単位で集まる場所を設けるといった工夫を凝らしました。
また、ハードウェアの開発部隊に対しては、執務エリアと実験スペース、会議の場所を近接し、流動的な動きを促すレイアウトが好評で、ABWの実現性に手応えを感じることができました。
みなとみらいに引き続き、今後は他のR&D拠点(海老名・竹松)のオフィス改革へ着手していく予定ですが、今回のPoCを通じてソフトウェア・ハードウェア問わずに展開していけるという自信を持てたのが大きな収穫でしたね。
荒木 PoCのためにパイロットオフィスを設けるという取り組みは、私自身も初めての経験でした。当初は3ヶ月間のPoCを想定してスタートし、実際に利用する社員の声をアンケートなどで収集しながら設計に反映する予定でしたが、納期の都合上、全員の声は反映できない状況でした。私としては8割、9割くらい反映できれば十分だと思っていたのですが、社長から「それでは足りない。全員が体験した声をオフィス設計に反映してほしい」という指示があり、結果的にPoC期間は8ヶ月に延長されることになったんです。
パイロットオフィス利用者の8割がABWを体感。柔軟で自律的な働き方の価値

── 定量・定性データの分析も行っていたそうですが、どのような特徴が出たか教えていただけますか?
中村 パイロットオフィスを利用した社員は全体の約半数でしたが、そのうち約8割の方からABWに対して好意的な評価をいただいたことは想像以上の成果でした。やはり実際に体験してもらうことで、ABWの良さを実感いただけたのだと考えています。
データによれば、クローズドのミーティングスペースや、コミュニケーションが取れるオープンなスペースがすごく活用されているという結果も出てきています。

具体的には、ミーティング用のポッドや個別ブースは特に人気がありましたし、オープンエリアでコミュニケーションが取れる「FLEX LAB」や、ファミリーレストランのようなベンチ型の「TEAM BENCH」など、全体的にミーティング用途での利用が多く見られました。

── みなとみらい事業所の11/12階に位置する「REiLI Business Hub」には、AIに携わる技術開発、商品企画、商品開発の方々が先行して入居していますが、各領域の体制をまとめたのはどのような意図がありますか?
村上 富士フイルムビジネスイノベーションのAI技術ブランド「REiLI Business」を起点に、社内外のメンバーがプロジェクト単位で集中的に集い、フレキシブルかつスピーディーに価値を創造していくためには、異なる専門性を持つメンバーが近い環境にいることが重要です。
PDCAを高速で回しながら、アジャイル開発を推進していくうえでは、機能間の密度の高いコミュニケーションが不可欠ですが、これまでは物理的にも分散していたことが課題となっていました。それが今回のリニューアルでその課題を解決し、AIをはじめとするデジタル技術を起点に多様なメンバーが集うフロアに設計したのです。
必要に応じてメンバーが集まり、短時間で議論・実行し、次のプロジェクトへ素早く移っていく。
そうしたアジャイルな動きを加速させる共創の場として、「REiLI Business Hub」を位置づけていければと考えています。
社員自らが働き方を「実装」し、共創が当たり前になる文化をつくる

── 最後に、今後みなとみらい事業所で生まれてほしい働き方や展望についてメッセージをお願いします。
中村 私からもさまざまな使い方のご提案をしていますが、「実際のビジネスの中でどういうフローが最適なのか」は、実際に社員の皆さまに実装いただきながら見出していける部分もあると考えています。こちら側としては、あくまで「こういった活用の可能性がありますよ」という選択肢を提示するスタンスを大事にしていきたいですね。
富士フイルムビジネスイノベーションが大切にしてきた文化は守りながらも、より良く変えていくべき部分は新しいことに挑戦していく。
「どうすれば自然とフロアを動きたくなるのか」という問いに向き合いながら、これからも皆さんと共にアイデアを具現化するサポートができればと思います。
村上 まずは11/12階をアジャイルの場として活用していきますが、今後は上層階も順次整備し、各フロアにABWの考え方やクロスクリエーションハブ、フレックスラボといった仕掛けを取り入れていく予定です。重要なのは、「場をつくること」ではなく「場をどう使いこなしていくか」ということ。必要な人が必要な時に集まって、創造的かつ効率的に仕事をしていく流れが自然と生まれてくればいいなと思っています。
そのためには、単なる空間整備にとどまらず、例えば、部門横断で最新技術に触れ刺激を得られるエリアや、専門領域を超えて技術をオープンに共有し意見交換を行う場、開発中の商品を実際に体験しながら営業へフィードバックできる仕組みなど、具体的な活用の仕方を検討しています。加えて、社内外のキーパーソンを招いた対談セッションや勉強会、研究内容の共有会などもこの場で実施していきたいと思います。
荒木 常に意識しているのは、ただ綺麗なオフィスを作って終わりではなく、使えば使うほど、時間とともに進化するオフィスを目指しています。そして最終的には、安心・安全な環境で一人ひとりが個の力を最大限に発揮できる状態を実現すること。
それが職場や会社を強くし、元気な組織へとつながっていくと信じています。
横浜みなとみらい事業所をYouTubeで紹介中
オフィス改革プロジェクトでリニューアルを実施している、富士フイルム最大のR&D拠点「横浜みなとみらい事業所」をYouTubeで紹介中!事業所での働き方を、ぜひご覧ください。
前編はこちら
全社を巻き込んだプロジェクトを立ち上げた背景や、世界的な設計事務所であるゲンスラー社をパートナーに選んだ理由について語ってもらいます。
- 写真
- 山野一真
- 文
- 古田島大介
- 編集
- ヤスダツバサ(Number X)

約20年にわたりワークプレイス分野のプロジェクトに携わり、国内外企業のオフィスデザインを担当。複雑な要件をデザインに具現化し、機能性とブランド表現を両立した空間づくりを目指している。企業ごとの文化や価値観を深く理解し、それに基づいた働く環境や働き方の最適化を推進。ユーザーの理想的な体験の創出を重視しながら、プロジェクト目標の達成を支援している。