富士フイルムビジネスイノベーション
20年超しの挑戦。「AIおまかせ節電」を製品にした技術者の信念

20年越しの挑戦。「AIおまかせ節電」を商品にした技術者の信念

#商品開発
#AI技術
コミュニティを立ち上げた谷村さんと大森さん

「これでは本当の省エネじゃない。」

20年以上前、宇田川さんは、複合機そのものの省エネ性能を高めるだけでは不十分だと気づきました。複合機を使う時間帯や頻度は、お客様によって異なります。そのため、機械の性能を高めても、実際の使用環境では思うように消費電力を減らせないことがあったのです。

2026年10月発売の新複合機「Apeos C7072 シリーズ」(以下、本複合機)の企画が始まり、宇田川さんはこの課題に再び挑むことになります。しかし、研究段階で手応えを得たAIは、「このままでは商品に載せられない」と判断され、開発体制の変化や度重なる検証にも直面しました。

長年にわたる挑戦を支えたのは、「本当に実現したいことは何か」を問い続ける技術者としての信念でした。「AIおまかせ節電」が商品になるまでの軌跡と、宇田川さんが次世代へ伝えたい思いを聞きました。

宇田川 浩二さん

宇田川 浩二

Koji Udagawa

富士フイルムビジネスイノベーション ビジネスソリューション事業本部 コアテクノロジーラボ

1984年に富士ゼロックス(旧社名)に入社。創設2年目の研究所配属以来一貫して複合機関連の研究開発に従事。音・振動・熱などの領域を専門に快適なオフィス環境を提供するための研究開発を担う。機器が発する音から機器の状態を診断する技術の開発を契機にデータ活用やAI技術に業務領域を広げ、近年は様々なAI技術開発に携わる。


※2026年7月23日時点の情報で作成

コラム:「AIおまかせ節電」とは

「AIおまかせ節電」とは

「AIおまかせ節電」は、複合機がいつ、どのくらい使われているかの利用傾向および利便性をAIが学習し、節電モードに切り替わるまでの時間を自動で調整する機能です(※)。使われることが多い時間帯は利便性を優先し、使われない時間帯は早めに節電モードへ移行します。さらに、繁忙期などによる使われ方の変化も継続的に学習。操作のしやすさを保ちながら、待機中の消費電力を抑えます。「AIおまかせ節電」は、当社のAI技術ブランド「REiLI Business」のコア技術の一つである「機器最適化」AI技術を活用しています。

※複合機のログ情報が対象であり、文書の内容を学習するものではありません。

「本当の省エネ」とは何かを問い続けた20年

インタビューに答える宇田川さん

20年以上前、複合機の環境性能と利便性を両立させる研究開発に携わっていた頃、定着技術の進化によって消費電力を抑えながら立ち上がり時間を短縮できるようになり、「これなら、お客様にも節電モードを積極的に使っていただける」と期待していました。ところが実際には、操作時の待ち時間を避けるため、スリープ状態へ移行するまでの時間を長く設定し直してしまうケースが少なくなく、お客様が実際に使用される場面では十分に活かしていただけないという現実がありました。そのときに強く感じたのが、「これでは本当の省エネじゃない」ということでした。

どれだけ優れた技術でも、お客様が価値を感じ、納得して使ってくださらなければ本当には使われません。だから私が考える本当の省エネとは、利便性を我慢していただくことではなく、普段どおりに使うだけで、結果として自然に消費電力が抑えられている状態です。

ただ、オフィスごとに人数も利用時間も異なる中で、一律の設定では一台一台に最適な制御はできません。「複合機自身が使われ方を捉え、自動で最適化できないだろうか」。その問いだけは研究テーマが変わっても頭から離れず、20年以上引きずっていました。

20年越しの問いとAIがつながった日

FUJIFILMの複合機

新しい複合機の企画検討が進む中で、AIを活用した新しい省エネ制御のテーマが立ち上がり、開発メンバーのマネジメントや関係部門との調整を担う立場で参画していました。その話を聞いた瞬間、真っ先に頭をよぎったのは、20年以上前に実現できなかった「本当の省エネ」のことでした。この年齢になって、長い間心に残っていたテーマに再び向き合えることに、少し大げさかもしれませんが、運命のようなものを感じました。「ようやく、あのときの課題に答えを出せるかもしれない」と思ったんです。

私は最初からAIを専門にしていたわけではなく、生産技術から始まり、音や振動、画像評価、データから機械の状態を読み取る研究などに携わってきました。そのため、データをもとに状態を捉え、制御へつなげるという発想は、それまでの研究の延長線上にありました。
AIを使うことが目的だったわけではありません。最初に考えるべきなのは「本当に解決すべき課題は何か」であり、今回の課題は、お客様ごとに異なる使われ方を捉え、利便性を損なわずに省エネ性を高めることでした。その実現に最も適した手段がAIだったのです。

AIが学ぶのは、複合機がどのような時間帯や間隔で使われているかという利用状況です。一台一台の使われ方を学び、その機械に合った設定へ自動的に変えていく。研究段階では、20年以上前に思い描いた理想を実現できるという手応えがありました。しかし、その手応えは、商品化を保証するものではありませんでした。

「商品に載せられない」から始まった本当の開発

身振りを交え話す宇田川さん

最初の大きな壁にぶつかったのは、参画して間もない頃でした。研究段階で成立したAIを実際の複合機へ搭載するには、商品として求められる安定性や処理負荷など、さまざまな条件を満たさなければならず、当初の構想をそのまま実装するのは難しいと判断され、一時は「このままでは商品化できないかもしれない」と感じるほど、厳しい状況に追い込まれました。研究環境でAIが動くことと、お客様が毎日使う商品の中でコストをかけずに安定して動き続けることは別物です。どれほど高度な技術でも、商品に載らなければお客様には届きません。

ここからが、本当の開発でした。

改めて立ち返ったのは、「AIに何をさせたいのか」ではなく、「本当に実現したいことは何か」という問いです。高度なAIを搭載することではなく、複合機の使われ方に応じて、利便性と省エネ性を両立する設定を導き出すこと。その本質を残しながら、約半年をかけて、商品に実装できる、よりシンプルな仕組みへと再構成していきました。

しかし、仕組みを見直せば終わりではありません。その後も数年にわたり、ソフトウェアへの実装と、さまざまな利用条件を想定した検証を繰り返し、期待した効果が十分に得られない条件が見つかるたびに、関係部門と制御を見直しました。構想、実装、検証と進むたびに新たな課題が現れ、その一つひとつを解消した末に、発売のおよそ1年前、ようやく複合機への搭載が正式に決まりました。最も厳しい指摘を受けたソフトウェア側の責任者にも、相手の制約を否定して技術を押し通すのではなく、その懸念を受け止めたうえで、データと資料をもとに何度も説明しました。やがて、その人が商品化を支える最も頼れる協力者になってくれました。「一番の敵が、一番の味方になった」という表現が近いと思います。

数年にわたり技術を磨き続け、異なる立場の人たちに価値を伝え、協力関係を築きながら、研究をお客様へ届けられる商品へと変えることができました。技術的な難題を解決したことはもちろんですが、今回の開発で最も誇りに感じているのは、その長い道のりを多くの仲間とともに最後までやり切れたことです。

伝えることも技術。人を動かしてこそ真の技術者

技術者について話す宇田川さん

「難しいことを分かりやすく伝えられる人が、本当の技術者だ」という思いを持ったのは、高校生の頃に航空機開発者・堀越二郎氏の著書を読んだことがきっかけでした。高度な技術開発の内容を、高校生にも理解できる言葉で書いていることに衝撃を受け、自分も技術をつくるだけでなく、その意味を伝えられる人になりたいと思いました。

入社後は研究成果を論文としてまとめる経験を重ね、専門的な内容を論理的に整理し、読み手が理解できる文章へ置き換える力を養ってきました。ただ、企業の技術者に求められるのは、成果を論文として残すことだけではありません。自分が何を課題と捉え、どのような価値を実現したいのかを示し、関係者に「一緒にやろう」と思ってもらえるドキュメントを書く必要があります。今回の商品化でも、その経験が生きました。技術者同士だから専門用語のまま話せば伝わる、ということはありません。相手が何を懸念し、どの情報があれば判断できるのかを考え、資料の構成や言葉を変えながら、納得してもらえるまで伝えました。

どれほど優れたAIをつくっても、伝わらなければ仲間は動かず、商品にもならず、お客様へ届くこともありません。技術を生み出す力に加え、その価値を文章や言葉で伝え、人を動かし、社会へ届けられる人こそが、私の考える「真の技術者」です。

技術は変わっても、本質を見極める力は変わらない

複合機と宇田川さん

自分が経験してきたことを若い技術者に伝えたいと考え、自ら申し出て、新しく入社した技術者が受講する講座を立ち上げました。そこで伝えたのは、特定のAI技術ではなく、仮説思考、抽象化、課題設定といった、未知の問題に向き合うための考え方です。

生成AIをはじめ、技術はこれからも急速に変わり、今は専門家しか使えない技術も、やがて誰もが使えるようになります。だからこそ重要になるのは、新しい技術を知っていることだけではなく、何を解くべきかを見極め、その技術によって誰にどのような価値を届けるのかを考える力です。

「AIおまかせ節電」も、AIで何ができるかから始まったのではありません。「なぜ高い省エネ性能が実使用では活かされないのか」という違和感から始まり、20年以上考え続けた問いが、挑戦と仲間との対話を経て、一つの商品になりました。

複合機への搭載が決まったとき、20年以上引きずってきた思いに、ようやく一つの区切りをつけられたと感じました。ただ、最も誇りに思うのは、自分一人で技術を完成させたことではなく、多くの人に価値を伝え、力を借りながら、お客様のもとへ届けられたことです。
技術をつくる。伝える。人を動かす。そして、商品として社会へ届ける。そのすべてをやり切ることが、技術者の仕事なのだと思っています。

宇田川さんが次世代へ薦める3冊

技術者人生に影響を与え、今も大切にしている3冊。その魅力を紹介します。

•『零戦』堀越二郎
宇田川さんが技術者を志す原点となった一冊。難題に挑む開発者の姿と、専門的な技術を平易な言葉で伝える文章力にも影響を受ける。

•『フェルマーの最終定理』サイモン・シン
世代を超えて受け継がれた知恵と情熱によって、長年の難題に挑む人々の物語。数学の奥深さや美しさ、先人の思いをつないでいく面白さが感じられる。

•『項羽と劉邦』司馬遼太郎
優れた能力だけではなく、人望や仲間との信頼が大きな結果を生むことを教えてくれる歴史小説。自らの思いや熱意を周囲へ伝え、人を動かすことの大切さが分かる。

※Apeos、AIおまかせ節電は、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社の登録商標または商標です。

AI技術を、実際の商品へ。「AIおまかせ節電」開発の舞台裏

AI技術を、実際の商品へ。「AIおまかせ節電」開発の舞台裏

宇田川さんらAI技術者が開発した技術を活用し、「Apeos C7072 シリーズ」に搭載された「AIおまかせ節電」。技術を実際の商品へとつなげるまでに、どのような試行錯誤があったのか。商品開発を担ったメンバー3名に、その舞台裏を聞きました。