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遺伝子疾患先端情報学講座
武藤 智 先生
常染色体優性多発性嚢胞腎(Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease:ADPKD)は、両側の腎に多数の嚢胞を形成し(図1)、また実質の萎縮と線維化を伴う最も頻度の高い遺伝性腎疾患である*1。常染色体優性遺伝形式であり、患者の85%は第16染色体短腕16p13.3に位置する遺伝子PKD1(図2)の異常により発症し、15%は第4染色体長腕4q21―23に位置する遺伝子PKD2(図3)の異常による。わが国に約3万人の患者が存在すると推定され、透析患者全体の3―5%を占めている。
ADPKDでは、腎嚢胞の増大により徐々に腎機能が低下し*2、約半数の患者が60―70歳代に末期腎不全にいたる。しかし、嚢胞が増大しても残存する正常腎実質が腎機能を代償するとされ、多くの症例では40歳代前後まで正常な腎機能が保たれることも少なくない。従って、血中クレアチニンやeGFR(estimated Glomerular Filtration Rate)などの腎機能評価はADPKDの病勢進行を示すマーカーとして用いることは難しい。例え腎機能が低下しない時期であっても、腎嚢胞、肝嚢胞の増大によりQOLが悪化し、嚢胞感染症、心不全、頭蓋内動脈瘤などの理由で死亡することがある(図4)。
ADPKDでは加齢に伴って腎嚢胞が大きくなり、増大速度は症例によって差はあるもののほぼ全例で腎容積が増大する。一部の症例では腎嚢胞および肝嚢胞が巨大になることで腹部膨満も出現する(図5)。したがって、前述したように腎機能評価がADPKDの病勢進行の適切な代理マーカーとして用いることが難しいことから、腎容積が代理マーカーとして認識されている。しかし、腎容積の測定方法が確立していない。
多くの場合、臨床では楕円法で計算されることが多いが、CT、MRIでは、どの画面で長径、短径、高さを同定するかは確定しておらず、測定者間および測定者内でも10%近い誤差が生じる。したがって腎容積をADPKDの代理マーカーとして使用するには楕円法ではあまりにも不確実である。
本邦では、2015年1月1日よりADPKDが厚生労働省による指定難病となった。ADPKD全例に対してではなく、重症度分類に該当する症例などに対してその補助が得られる。ADPKDの重症度分類基準はCKD 重症度分類ヒートマップ、もしくは腎容積750ml以上かつ腎容積増大速度5%/年以上のうち、いずれかを満たした場合を重症とするとされている。したがって正確かつ簡便な腎容積測定方法を確立することはADPKDの患者だけではなく、国家財政にとっても必須の課題である。
ADPKDではPKD1、PKD2の遺伝子産物であるpolycystin-1、polycystin-2によるpolycystin complexの破綻により、尿細管上皮細胞内cAMPの上昇が嚢胞形成に重要な役割を果たしていることが知られている。第三相国際共同試験であるTEMPO 3:4trialの結果が報告され*3、このTEMPO3:4trialに参加した日本人のサブ解析*4では、腎容積年間増大率はプラセボ群が5.0%であったのに対してトルバプタン投与群は1.3%であり、有意に(P<0.001)増大速度を抑制した。さらにプラセボ群の年間eGFR低下速度が5.05mL/min/1.73m2であったのに対してトルバプタン投与群は3.83mL/min/1.73m2と有意に(P=0.003)低下速度を抑制した。これらの結果から、トルバプタンは日本人のADPKD患者に対しても有効性が十分に期待できる薬剤であることが明らかとなり、本邦では世界に先駆けてトルバプタンがADPKDに対する唯一の根本的治療薬として承認された。
最近の医用画像処理技術の発達により、マルチスライスCT(multi ditector computed Tomography:MDCT)が開発され本邦でも多くの施設でMDCTが稼働中である。MDCTは検出器の幅が広くなるため、短時間で高密度な3次元画像データの取得が可能で、スライス厚は0.5mmまでの薄さが可能となり、ひとつのボクセルが立方体となるアイソトロピックボクセルを実現する事ができる。そのため、理論的には理想的な3次元高空間ボクセルデータを得ることが可能で、関心領域(Region of Interest:ROI)を設定する事によって、今までにない正確さでROIの体積を測定する事が可能となっている。ROIの抽出についても画像認識アルゴリズムを装備した画像認識エンジンの登場により、ほぼ半自動的に目的とする臓器の抽出が可能となっている。
SYNAPSE VINCENTはデジタルカメラからの顔認識技術を応用し、腎領域の形状を認識することが可能である。撮影条件や信号値に大きく依存することなくさまざまな組織、形状を認識させることが可能であり、再現性の向上が可能と考えられている。嚢胞を含めた腎全体を、長軸を手動で指定することにより自動抽出可能である。
メイヨーのコホートとConsortium for Radiologic Imaging Study of PKD(CRISP)のコホートを用いた研究では、いずれのコホートでもstereology法と有意に相関するが、楕円法とstereology法の差はメイヨーコホートで平均-0.5 ± 10.1%、CRISPコホートで-0.7 ± 5.5%と決して少なくないことを報告している*5。
(1)方法:超音波、CT、MRIなどの画像診断が必須である。画像診断上で長径、短径、高さを測定し、π/6×長径×短径×高さで計算する(図6)。
(2)利点
1)現在本邦では多くの施設で電子カルテが導入されており、画像診断も電子カルテ上で確認できる。
2)最も短時間で可能な簡便な方法である。
(3)欠点:長径、短径、高さの認識方法は確定していないため、測定者間および測定者内でも10%近い誤差が生じる
(1)方法:CTを撮る。単純でも造影でもいずれでも可能。単純CTによるデータをSYNAPSE VINCENT 嚢胞腎解析アプリケーションTM(富士フイルムメディカル株式会社)を用いて解析する。VINCENTでは画像データ上の長軸が表示される断面に移動し、ドラッグ操作により長軸を指定する(図7a)ことで腎容積を自動的に測定する(図7b)。その後、腎臓全体を正確に認識しているかどうかを画像で確認し、腎臓の一部に認識されていない領域が存在した場合にはマニュアルで追加し、腎臓以外の領域を誤って同定していた場合にはマニュアルで削除する。
a.腎臓の長軸を指定するだけで、
b.自動で嚢胞含む腎臓全体を抽出し腎容積を測定する
(2)利点
1)CTが必要だが、他の測定方法でもCTもしくはMRIを行うことが大半であり、VINCENTを使うために患者の負担が増すことはない。
2)長軸のマーキングだけが必要なマニュアル操作であり簡便である。
3)長軸マーキング後の自動抽出時間が数秒で可能。
4)ADPKDの腎蔵は巨大であり、冠状断、矢状断などの画像上で長軸をマーキングすることが困難な場合も少なくない。その場合は、断面を任意に回転しマーキングできる(図8)。
(3)欠点
1)SYNAPSE VINCENTシステムの購入が必要。
2)現在は未だMRI画像を解析することができない。
※V6.4以降のバージョンではMRI画像からの自動抽出エンジンも搭載しております。
3)一部の症例で一度の長軸マーキングで正確に腎全体の認識が行えない場合がある。その場合は何回か長軸マーキングをやり直す必要がある。われわれの検討では73.3%の症例が一度の長軸マーキングで腎領域を正確に同定できたが、5回以上のマーキングを行う症例もあり、経験を要する(図9)。
4)嚢胞出血や嚢胞感染の既往がある嚢胞では高吸収域や低吸収域の嚢胞があり、腎臓領域と認識されない場合がある(図10a)。その場合はその嚢胞だけマニュアルでマーキングする必要がある(図10b)。反対に、周囲の組織を腎臓として認識してしまう場合があり、そのような際には認識部位を消去する必要がある(図11)。
長軸マーキング回数: 嚢胞を含めた腎全体の描出が不十分な場合には長軸マーキングをやり直す必要がある。
自動的に認識されない嚢胞はマニュアルでマーキングして追加する。
周囲臓器を腎と誤認する場合もある。そのような場合には誤認部位をマニュアルで消去する。本症例では下大静脈の一部を腎と誤認しているため修正した。
開発したSYNAPSE VINCENT(FUJIFILM, Tokyo, Japan)により測定した腎容積(Vincent KV)および楕円法による腎容積(ellipsoid KV)と正確な腎容積(accurate KV)を比較することで、その妥当性を検証した*6。対象症例は124例(男性62例、女性62例)のADPKD患者。患者背景を表1に示す。平均年齢49.7歳。eGFR中央値46.9ml/min/1.73m2、最も多いCKD stageはG3(39.5%)であった。
N | 124 |
---|---|
Gender Male | 62 (50.0%) |
Age, mean ± SD (year) | 49.7 ± 11.6 |
BMI, mean ± SD (Kg/m2) | 22.5 ± 3.9 |
Waist circumference, mean ± SD (cm) | 83.5 ± 9.6 |
Mean blood pressure, median (IQR) (mmHg) | 100.0 (IQR: 92.7–105.2) |
s-Cr, median (IQR) (mg/dl) | 1.17 (IQR: 0.94-1.92) |
CKD stage 1 2 3a 3b 4 5 |
2 (1.6%) 33 (26.6%) 32 (25.9%) 17 (13.7%) 23 (18.5%) 17 (13.7%) |
eGFR, median (IQR) (mL/min/1.73m2) | 46.9 (IQR: 24.2–62.5) |
Cystatin C, median (IQR) (mg/l) | 1.21 (IQR: 0.94–1.94) |
accurate KVの中央値627.7 ml、Vincent KVでは619.4ml、ellipsoid KVでは694.0mlであり、accurate KVとVincent KV(p=0.9214)、ellipsoid KVとVincent KV(p=0.1159)いずれも有意差を示さなかった(図12)。重回帰分析では、accurate KVとellipsoid KVは高い相関係数(r=0.9504, p<0.001、図13a)を示したが、Vincent KVの方がより高い相関係数(r=0.9968, p<0.001、図13b)を示した。系統誤差の有無を可視的に確認するためにBland-Altman plotを作製した。ellipsoid KVではaccurate KVとの誤差が14.2% ± 22.0%(図13c)あったのに対して、Vincent KVでは– 0.6 ± 6.0%(図13d)であった。楕円法では39.8%の患者でaccurate KVとの間に20%以上の誤差があったのに対して、Vincent KVでは2.0%の症例だけであった。以上の結果より、Vincent法は正確で簡便な半自動的TKV測定ソフトであり、正常腎だけではなくADPKDに対しても楕円法よりも正確な測定方法であることが示された。
accurate KVとVincent KV、ellipsoid KVの比較。Vincent KV(p=0.9214)、ellipsoid KV(p=0.1159)ともにaccurate KVと有意差を示さなかった。
a.重回帰分析ではaccurate KVとellipsoid KVは高い相関係数(r=0.9504, p<0.001)を示した。
b.重回帰分析では、Vincent KVの方がより高い相関係数(r=0.9968, p<0.001)を示した。
c.Bland-Altman plotでは、ellipsoid KVではaccurate KVとの誤差が14.2% ± 22.0%
d.Bland-Altman plotでVincent KVではaccurate KVとの誤差が– 0.6 ± 6.0%であった。
36歳、男性。
家族歴は母親がADPKD。
以前より高血圧に対してカンデサルタン4mgを服用しBP 130/78。脳動脈瘤を認めない。
2015年12月7日よりCKD stage G2に対してトルバプタン60mgから開始した。その後120mgまで増量し現在にいたる。トルバプタンを開始することにより腎機能(eGFR)低下速度の抑制が可能であった。
青線が楕円法によるTKV、赤線がVincent法によるTKVを示す。楕円法ではかなりのばらつきを認めるが、Vincent法ではトルバプタン開始によりTKVの縮小を示すことができている。
57歳、女性。
家族歴は母親と従兄弟がADPKD。
BP 134/74。脳動脈瘤を認めない。
2015年12月21日よりCKD stage G4に対してトルバプタン30mgから開始した。トルバプタンを開始することにより腎機能(eGFR)低下速度の抑制が可能であった。
青線が楕円法によるTKV、赤線がVincent法によるTKVを示す。本症例も楕円法ではかなりのばらつきを認めるが、Vincent法ではトルバプタン開始によりTKVの若干の縮小を示すことができた。
現在本邦では約1,100の施設にSYNAPSE VINCENTシステムが導入され、嚢胞腎解析ソフトも66施設に導入されている。今後、ADPKDに対するTKV測定の保険収載が可能となれば、より多くの施設で適切なVincent法による測定が可能となると期待される。