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日本

SYNAPSE VINCENTによる肝切除術前シミュレーションの要点と注意点

このコンテンツは医療従事者向けの内容です。

国立がん研究センター中央病院
肝胆膵外科
高本 健史 先生

はじめに

2000年頃から、多列CT(マルチスライスCT)や高磁場MRIなどさまざまな医用画像検査機器の急速な進化が見られ、ひとりの患者から得られる情報は、爆発的に増加した。そして、その情報の効率的な処理と有効活用を目的として、コンピューターグラフィクス技術を活用した3次元(3D)シミュレーションソフトが続々と開発された。しかし、その多くが操作に熟練を要し、3D画像作成に1時間を要する製品もあるなど、当初は臨床現場になかなか浸透しなかった。その中で2005年に登場した富士フイルムのSYNAPSE VINCENTは、独自の直感的な操作性、半自動化された脈管抽出、美しいグラフィクス、という特長を備えており、特に肝臓外科医を中心に瞬く間に広まった。

時期を同じくして、世界中の学会や医学雑誌で肝切除におけるシミュレーションの有用性が数多く報告され、話題となった。本邦では、2007年に先進医療として認可を受け、2012年の診療報酬改定では画像等手術支援加算として保険収載されるに至り、肝切除を実施する際に、3Dシミュレーションによるナビゲーションを行った場合に、保険点数加算が得られるようになった。今日、SYNAPSE VINCENTは、肝臓外科領域の中で、手術の3Dシミュレーションを行う上で、ゴールドスタンダードと言っても過言でないツールとなったと感じている。

肝胆膵外科での活用法

我々は、2008年からSYNAPSE VINCENTを使用しており、それまで長年継続してきた高度な肝切除や生体肝移植の分野にどう融合させ、実臨床にどう活用できるかを模索し、提案してきた。現在では、肝切除症例のみならず、肝胆膵疾患を有する患者のほぼ全例の画像情報をSYNAPSE VINCENTで解析し、診断や治療で役立てている。術前カンファレンスでは、当たり前のように3D画像やその解析結果が提示され、また術中ナビゲーションのために手術室でいつでも情報が参照できるようになっており、3Dシミュレーションソフトは、我々肝胆膵外科医にとって、なくてはならない存在であると感じている。

肝切除術前シミュレーションの要点

我々の具体的なSYNAPSE VINCENTの活用法は(1)Volume Analysisと(2)Volume Renderingの2つに大別できる(図1)

図1 肝胆膵領域でのSYNAPSE VINCENTの使い道Volumetric AnalysisとVolume Rendering

Volumetric Analysis

VR(Volume Rendering)

(1)Volume Analysis

アプリケーション「肝臓解析」で提供されるVolume Analysisは、SYNAPSE VINCENTの最も有用なツールである。富士フイルムのデジタルカメラで培われた顔認識エンジンを活用した肝実質や脈管の抽出の速さと正確さは、目を見張るものがある。肝解剖の基本的な知識があれば、約10分足らずで肝、門脈、肝静脈、腫瘍を各々抽出した3D再構築画像を完成させることができるだろう。再構築された3D画像を眺めることで、肝内脈管と腫瘍の位置関係や解剖学的変異の有無について知ることができるほか、仮想空間で肝切除を行う“Virtual Hepatectomy”が可能となる。Virtual Hepatectomyを行う最大の利点は、[1]最適な術式選択と[2]肝切除のリハーサルが可能となることである。

[1]術式選択におけるVolume Analysisの使い方

肝切除の場合、患者個々によって背景肝の障害度が異なるため、インドシアニングリーン負荷試験やアシアロシンチグラムなどによる肝予備能評価の結果で、必要最小残肝容積が変わってくる。術式選択において、最も大事なのは、予定された肝切除が十分な残肝容積を確保できるかどうか、具体的な数値で提示することである。Virtual Hepatectomyでは、実際の肝切除と同じように、解剖学的肝切除と非解剖学的肝切除の両方がシミュレーションできる。解剖学的肝切除は、片肝切除や区域切除だけでなく、門脈枝にインジゴカルミン液など色素を注入して門脈支配領域を染めて切除する肝亜区域切除にも対応している(図2)。

非解剖学的肝切除は任意の肝切離面の設定も可能であるし、肝表面から腫瘍を含めた領域を回転放物面体等に近似して自動抽出する“くりぬきツール”も備わっている(図3)。これらを用いて、虚血やうっ血の領域の表示や計算も可能となり、血流障害のない、いわゆる機能的残肝容積の算出が可能となる。また各術式の機能的予定残肝容積のほか、肝離断面積の合計(cm2で自動的に計算される)も可能となり、残肝容積と効率的な肝切除のバランスの取れた術式選択が可能となる(図3)。

[2]Volume Analysisを用いた肝切除リハーサルの要点

肝臓解析ツールの中で、切除予定領域を透明にすると、肝切除後の肝離断面の様子を透過表示でき、完成予想図となる。完成予想図を見ると、肝切離面に露出するであろう肝静脈枝やグリソン鞘枝の断端の位置を仮想空間で肝臓を自在に回転させながら、視覚的に把握することができる。Virtual Hepatectomyでの肝切除リハーサルの要点は、そのような肝表からは見えない、目指すべき肝内脈管(やその分岐部)を目標地点・メルクマールとして定め、肝内での位置をイメージしておくことである。そして、そのイメージを術中超音波で補完し微調整しながら、定めた目標地点に向かって肝離断を進めることで、道に迷うことなく精緻な肝切除が可能となる(図4)。

また解剖学的肝切除の場合、肝離断面に完成予想図通り解剖学的メルクマールが露出できているか、予想肝容積と切除標本の重量が一致しているかどうかを確認すべきであろう(図4)。そうすることによって、正確な解剖学的肝切除が行えたかどうか、手術のQuality評価ができるのである。

図4 解剖学的肝亜区域切除(S7+S8dor)のVirtual Hepatectomyと肝切除リハーサル

離断面に露出されるであろう右肝静脈本幹とその分岐の合流部(白丸)の位置、さらにその腹側背側に出現するS8dor(青丸)とS7(黄色丸)のportal pedicle(結紮切離する部位)の位置が立体的に把握できる。さらに、肝離断の手順として、白矢印のごとく進め、S7とS6の境界を走る右肝静脈分枝を同定した後、これをたどりながら右肝静脈本幹に至るプロセスを想定した。肝切除後離断面の各解剖学的メルクマールの位置は、完成予想図(左)と実際の肝離断面(右)とよく似ている。さらにVolumetric Analysisで算出された同領域の容積は266mlで、標本重量260gとよく一致しており、正確な亜区域切除が達成されたことを示している。

Volume of S7+S8dor+Tumor:266ml

Weight of Specimen:260g

(2)Volume Rendering

肝切除術の際に、もう一つ有効な活用法は、アプリケーション「マルチ3D」で提供されるVolume Renderingである。前述のVolume Analysis「肝臓解析」で作成された画像は、滑らかで美しい3D画像となっているが、CT画像を基に自動補正がかけられ、“作図”されていることに注意しなければならない。具体的には、脈管が表面にスムージングがかけられていたり、径補正されていたり、肝静脈合流部や門脈分岐部のかたちが実際とは、微妙に違っていたりと、さまざまな自動変更が為されていることを念頭に置いて眺めるべきである。

それに対して、「マルチ3D」でのVolume Renderingでは、造影CTで抽出されたままの形を3次元表示する。特に肝門部剥離を伴う肝切除や膵頭十二指腸切除などで、大変有用であると感じている。腹腔動脈や上腸間膜動脈から肝臓へ向かう動脈は、約3割に走行に破格を認めるが、リンパ節や脂肪組織に囲まれているため、どこをどのように走行しているか、外見からは判然としない。安全な手術を行うためにも、個々の症例で確認する必要がある。Dynamic CTで取得された画像を用いれば、動脈相と門脈相など異なる時相のCT画像を重ね、全体像を描くリアルな3D画像が作成することもできる。

さらには、パーツごとにレイヤーで保存して、色付けしたり、一部を透過させたり、消去したり、さまざまな画像を描画でき、術前カンファレンスでの提示、術前イメージトレーニングおよび術中の参照に大変有用であると感じている。また造影CTから3D画像を構築するのに要する時間は約5秒であり、術前に時間がない場合でも、腹腔動脈や上腸間膜動脈、肝門部の脈管の走行を全体的に、大まかに把握することは、瞬時に可能である。

我々は、手術室内でリアルタイムに参照するため、タブレットあるいは電子カルテ端末から立ち上げたSYNAPSE VINCENTをいつでも使用できるように準備して手術に臨んでいる。

[1]Volume Renderingによる現在地認識

Volume Renderingによる3D画像の特長は、血管のありのままの形を提示することである。手術の剥離操作で露出したごく一部の血管分岐部や血管のカーブの形状などを、3D画像と見比べて、それがどこに相当しているかを認識できれば、現在どの位置を剥離しており、剥離を進めていくと分岐部がどのあたりに出現するか、推察可能となる。

例えば、肝十二指腸間膜左側の剥離を行う場面(図6)で、脂肪や結合織の中に埋もれた固有肝動脈と肝動脈や門脈の一部を剖出し、3D画像と見比べることによって、現在剥離している場所を知ることができる。そして剥離を進めることで今後出現してくるであろう分岐部(例えば図6では右胃動脈の分岐)の距離や位置を推察でき、安全な剥離操作につながる。

図5 膵頭十二指腸切除術における肝十二指腸間膜左側の剥離

膵上縁で拍動する動脈の分岐部を剥離すると分岐部が見え(a)、さらに周囲に剥離を広げながらリンパ節郭清を進めると分岐の形状がはっきりと見えるようになった(b)。Volume Renderingで作成された動脈の3D画像を参照すると、ちょうど固有肝動脈PHAと胃十二指腸動脈GDAの分岐部とよく似ており(赤丸)、さらに肝門部に剥離を進めると右胃動脈RGA分岐が出現した(c)。
 

[2]Volume Renderingから臨床へのフィードバック

Volume Renderingは、解剖を分かりやすく短時間で提示するだけのツールと言えばそうではあるが、実臨床に大きく貢献することも多々ある。例えば図6は、膵頭部IPMNで膵頭十二指腸切除を予定されていた症例であるが、SYNAPSE VINCENTで3D画像を作成すると膵頭部アーケードの動脈が通常より目立っており、よく観察すると腹腔動脈が起始部付近で屈曲していた(図6点線円)。

正中弓状靭帯によって腹腔動脈起始部が圧迫されていて、肝血流の大部分が膵頭部アーケードを介して上腸間膜動脈より供給される正中弓状靭帯症候群の症例であった。通常のCT画像からは診断困難であり、Volume Renderingの画像が非常に役に立った。その結果、通常切離される膵頭部アーケードを温存した膵頭十二指腸切除術を施行し、術後も十分な肝血流が確保できた。

図6 正中弓状靭帯症候群の膵頭十二指腸切除術

膵頭部IPMNに対して膵頭十二指腸切除術を予定していた症例。造影CT(a)からVolume Renderingで作成された画像(b)を見ると、膵頭部アーケードが目立っており、よく見ると腹腔動脈の屈曲が認められ(赤点円)、正中弓状靭帯症候群と診断した。CT(a)では診断困難であった。病態を考慮し、膵頭十二指腸切除では通常切除する膵頭部のアーケードを温存した膵頭十二指腸切除術を計画し、肝動脈血流を十分温存した手術を遂行できた(c)。

CA; Celiac axis
CHA; common hepatic artery
PHA; proper hepatic artery
GDA; gastroduodenal artery
RGEA; right gastroepiproic artery

IPDA; inferior pancreaticoduodenal artery
SMA; supramesentric artery
SMV; supramesentric vein
PV; portal vein
SV; splenic vein

まとめ

急速に増大する医用画像情報を分かりやすく臨床に活かすために、VINCENTは大変有用であり、肝胆膵外科のhigh volume centerでは、もはや日常診療に不可欠なツールとなったと感じている。コンピューターグラフィクスや3Dシミュレーションの操作経験がなくても、特にテレビゲーム世代である我々は、仮想空間での作業に親和性が高いため、SYNAPSE VINCENTに少し触れてみるだけで、その直感的で容易な操作性に気づき、その面白さに深く引き込まれるだろう。

CTのAxial画像をパラパラ眺めるだけでなく、実際に3D解析を始めてみることで、手術の術野や他の検査所見の見え方が変わり、より深く理解できるため、修練中の外科医にとっても大変有用なツールであると考える。今後SYNAPSE VINCENTは、人工知能を搭載して臓器抽出の迅速化や術中ナビゲーションツールへの発展など、まだまだ進化を続けるだろう。難治疾患の多い肝胆膵領域の治療成績向上への更なる貢献を期待したい。