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スペシャルインタビュー

犬との暮らしがもたらす健康・幸せ効果

犬は数万年前から人間と共生し、絆を育んできました。東京都獣医師会 会長の上野弘道氏に、人間と犬をつなぐ絆の深さや、犬との暮らしがご家族さまや社会にもたらす効果などについてお話をうかがいました。

人間と犬との共生の歴史は。

人間と犬が共生し始めた時期は2万年以上前とされ、他のペットや家畜は古くても約1万年前からとされているので、犬は人間にとって最も長いパートナーと言えます。そして最近の研究では、人間と犬は見つめ合ったり、触れあったりすることで“幸せホルモン”と言われるオキシトシンが相互に上昇するループが形成されると報告されています。このようなループは人間の母子で存在することが分かっていますが、それが人間と犬という異なる種で起きるのは、長い共生の歴史の中で育み続けた絆があるからこそだと私は考えています。

先生ご自身のペット遍歴は。

獣医師というと、子どもの頃から動物に囲まれて育ったというイメージがあるかもしれませんが、実は子どもの頃は家に犬も猫もいなかったんですよね。近所の犬や猫と触れあう機会は多かったのですが、家では小鳥やザリガニなどを飼っていて、最初に猫を飼ったのは大学生の時でした。その子が出産したこともあって、一時期は最大6頭の猫が家にいて、気づくと私の体の上で4~5頭が寝ていることもありましたね(笑)。
初めて犬を飼ったのは30歳代に入ってからで、知り合いのトリマーさんの紹介で保護犬のパピヨンを2頭迎えて、一緒に暮らしていました。現在は保護犬のトイプードルと暮らしています。この子は、両後肢の膝蓋骨脱臼(グレード4)で歩くのも難しい状態だったのですが、迎え入れて手術をして今では元気に走り回っています。

犬との暮らしがもたらす健康・幸せ効果は。

人間と犬をつなぐ“幸せホルモン”のオキシトシンは、人間の心身にさまざまな健康効果をもたらすことが分かっています。

ヒトイヌをつなぐオキシトシンの心身への健康効果

その中で、ご家族さまへの効果としては「ストレス・不安の軽減」と「炎症の抑制」が大きいと思います。
「ストレス・不安の軽減」については、日々実感されているご家族さまがほとんどだと思いますが、オキシトシンの効果として科学的にも明らかにされています。私自身も日々感じているのはもちろん、愛犬の存在に助けられた経験があります。それはコロナ禍のまっただ中で、代表を務めている動物病院の診療継続を決断し、動物たちの健康やスタッフの安全を守るために悪戦苦闘していた時のことです。当時はストレスや不安から眠れない日々が続いていたのですが、自宅で照明を暗くして愛犬を抱いていると穏やかな気持ちになり、安眠できるようになったのです。あの時、愛犬がいなければ心身に不調を来して、苦しい時期を乗り越えることができなかったのではないかと思います。
もう一つの「炎症の抑制」について、炎症は万病の元と言われていて、例えばメタボリックシンドロームでは肥満の人の脂肪組織が変質し炎症を惹起し、それが糖尿病などの原因になることが分かっています。また、細菌感染による炎症である歯周病もさまざまな病気を誘発します。犬との暮らしでオキシトシンが上昇することで、このような炎症が抑制され、ご家族さまの健康増進につながると考えられます。

子どもや高齢者への健康効果は。

お子さんについては、0~1歳の間に犬と暮らすことでアレルギーが抑制され、その効果は1頭よりも2頭飼っている方が高いという研究結果があります。子育てをされている方は「1歳になるまでに動物園に行くと良い」と聞いたことがあるかもしれませんが、犬と暮らしているとそれに似た効果が得られると考えられます。また、思春期においては、犬と暮らすことで攻撃性の低下や他の人に優しくしたり助け合ったりする行動が増えるなどの効果が得られ 、Well-being(ウェルビーイング)*1が高くなるという調査報告もあります。
そして、ご高齢の方については、犬と暮らすことで自立率が高まり、認知症のリスクが約50%減少するという研究結果があります。
このような効果は医療費・介護費の抑制につながり、日本国内における犬を含めたペット飼育による医療費削減効果はコロンビア大学の2016年度の試算で18.6億ドル(2,790億円:1ドル=150円)とされています。

犬が地域社会にもたらす効果は。

犬の飼育率の高い地域では、ひったくりや車上ねらい等の非侵入系犯罪の発生率が少ないという調査結果が出ています。これはおそらく、犬の散歩をしている人たちの目が犯罪抑止につながっているのではないかと推測しています。
また、神奈川県相模原市で行われた調査では、犬を飼育すると場所を介した友人ができ、友人ができることで地域愛が上昇してWell-beingも高まるという結果が出ています。私自身も愛犬の散歩をしていると、同じように犬の散歩をしている方から「ティーカッププードルですか?かわいいですね。」などと声を掛けられることがありますし、逆に私の方から声をかけることもあります。そうした日常的なやり取りを通じて地域との結びつきが強くなっていく感覚は、犬を飼っている方であれば皆さんお持ちではないでしょうか。さらに言えば、このような犬を介した地域との結びつきは、地域の孤独・孤立対策、助け合いによる介護費の抑制、犯罪の抑止などにもつながるものだと思います。

ペットとの共生で大切なことは。

ペットを愛している方がいる一方で、何らかの理由でペットを嫌っている方もいらっしゃいます。そのため、ペットと共生していく上では、ペットのどこが嫌われているのかを知り、適切に対応していくことで、ペットを飼っていない方々の意思を尊重することが重要だと私は考えています。例えば、地域の中で犬の散歩中の排泄物が問題になっているのであれば、マナーベルトやマナーパンツを履かせるのも1つの方法でしょう。ただ、こうしたペットに関する倫理観は地域差が大きく、全国一律に決められるものではないので、地域のコミュニティで話し合って決めたり、自然と醸成されていくものだと思います。
ペットが好きな人と嫌いな人という二極で物事を考えようとすると、どうしても争いや衝突が生まれてしまいます。そこで重要になるのが、人と動物とそれを取り巻く環境を包括的に捉える“ワンヘルス”*2という考え方です。人と動物と環境という三極で全体最適を目指すことで衝突が起こりづらくなるのはもちろん、ペットとの共生について医療費・介護費等の国家財政や地域のWell-being、子どもたちの心身の健康などを含めて未来志向での合意形成が可能になるのです。その際に、とりわけ犬との暮らしは人の心身や社会にポジティブな影響を与えることが分かっているので、そうしたエビデンスを多くの方々に知ってもらうことで、「犬と暮らしている方々、ありがとう」、「ワンちゃん、ありがとう」、「私たちのペットを受け入れてくれてありがとう」とお互いに感謝し合える社会になっていけばうれしいなと思っています。

  • *1 Well-being(ウェルビーイング)
    Well(よい)とbeing(状態)からなる言葉であり、心身ともに満たされた状態のこと。
  • *2 ワンヘルス
    動物と人及びそれを取り巻く環境(生態系)は、相互に密接につながっていると包括的に捉え、関係する学術分野が「ひとつの健康」の概念を共有して課題の解決に当たるべきとの考え
    引用:日本獣医師会HP
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